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外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編
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しおりを挟むいっぽうこちらは大広間に残されたベルーガの騎士団一行。
エリーシャが退室してすぐに、国王も大広間をあとにした。
これまで成り行きを見守っていたフィランは彼らの直ぐ側に行き、静かに告げた。
「諸君には本日中に出国してもらう。急いで帰国の準備を……このようなことになり、残念だ」
まさかリノが、エリーシャたちと胸毛の鑑賞会をしているとは夢にも思わないベルーガの竜騎士たちは、現在失意の底にいた。
このままリノを置いて帰るなんてできない。
彼らの苦悶の表情から、そんな心情が察せられる。
そして僅かだが、カサンドラへの不信感も。
ちらちらと窺うような視線がカサンドラに集中していた。
──このままリノを見捨てるのか
彼らの視線はカサンドラにそう問い掛けている。
いたたまれなくなったのか、カサンドラは顔を上げ、訴えた。
「フィラン、どうかもう一度だけチャンスをくれないかしら。今度こそ冷静に話すから、どうか二人だけで陛下にお会いできないか取り次いで!お願いよ」
しかしフィランはこれを一蹴した。
「それはできません」
「どうして!?ねえフィラン、これまで私たち、何度も一緒に死線を越えてきたじゃない。あなただってリノのことはよく知ってるでしょう?彼はお互いにとって大切な仲間のはずよ。違う?」
「確かにリノは優れた男です。人となりも嫌いじゃない。しかしカサンドラ王女、その件についてあなたが話すべき相手は陛下ではありません」
「……っ!!」
カサンドラの魂胆は見え見えだ。
エリーシャには死んでも謝りたくはないがこのままリノを見捨てる訳にはいかない。
陛下は情の深いところがある。
だから例え泣き落としてでも温情に訴えようと思っているのだろう。
どんなにみっともない姿を晒そうとも、誰も見ていない密室でなら、彼女のプライドも守られる。
(ばからしい)
カサンドラという王女は、こんな人間だっただろうか。
フィランは唇を噛むカサンドラを冷めた目で見下ろしていた。
ふたりのやり取りを見守っていたベルーガの竜騎士たちは、カサンドラに対するフィランの硬化した態度から、蜜月だった両竜騎士団の間に取り返しのつかない亀裂が入ってしまったことを今更ながらに痛感していた。
(どうあっても謝らないつもりか)
フィランは、なぜカサンドラがそこまでエリーシャを憎むのか、不思議でならなかった。
憎むなら、カサンドラを選ばなかった自分を憎めばいい。なのになぜ。
(これ以上は無駄だな)
エリーシャがリノの命を奪うことはないだろう。しかし彼らがなんの咎めも受けずに帰国したとなれば、こちらは舐められるだけ。
気の毒だが、リノが再び祖国の土を踏むことはないだろう。
しかしリノは竜騎士としては優秀な男だ。
エリーシャ次第ではあるが、この地で姿と名前を変え、竜騎士として生きる事が許されるかもしれない。
祖国への忠誠心が邪魔をして、別の生き方を選ぶかもしれないが、それも果たしていつまでか。自身のプライドを仲間の命より重んじたカサンドラの姿は、いつしかリノから祖国への忠誠心を失わせるだろう。
その証拠に、既に目の前の団員たちの心はカサンドラから離れつつある。
「あ、あの……」
その時、カサンドラの後ろに控えていた団員のうちのひとりが、フィランに向かって手を挙げた。
彼はベルーガの竜騎士団の中ではリノと同じ中堅どころ。もちろんフィランも顔はよく知っている。
「なんだ」
「私もリノと共に残ります」
青年の言葉に周囲からざわめきが起こった。
カサンドラに至っては驚愕の表情を向けている。
「残る……とはどういうことだ」
「リノだけに責任を押し付け、自分だけのうのうと祖国に帰るなんてできません。私たちは家族と同じ。家族は……例えどんな状況だろうと決して見捨てません」
「……だから、共に死ぬというのか?見て見ぬ振りをして黙っていれば、生きて家族や恋人の元に帰れるのに?」
フィランとて、同じ状況であればこの青年と同じことをしただろう。
あえてこんな言い方をするのは、大切な物がなにも見えていないカサンドラに聞かせてやりたかったから。
「リノを見捨てたら、それこそ家になど帰れません!確かに両親は、どんなに無様で卑怯な真似をしたとしても、息子に生きて帰って来ることを望むでしょう。けれど、仲間のために命を落とすのなら、きっとわかってくれます。私が騎士になった時点で、家族も覚悟はできています!」
これに触発されて、他の団員たちも次々と声を上げ始めた。
「俺も残ります!!」
「お、俺も!!」
「私も残る!!」
最終的に、カサンドラを除く全員が、リノと共に残る選択をした。
カサンドラを気遣って声を掛ける者はひとりもいなかった。
フィランはどうしたものかとしばらく逡巡した。
「……リシャに聞くしかないな」
そしてフィランはベルーガの竜騎士団員を連れ、大広間を出た。
再び口を開かなくなったカサンドラをひとり残して。
*
「凄い……フッサフサ!フッサフサですよ姫様!!」
その頃、リノとすっかり打ち解けたエリーシャとニナ。
あろうことかニナは胸毛を触ってみたいと言い出した。最初は断っていたリノだったが、その表情はまんざらでもなく、最終的には『仕方ないなぁ』と言いつつ自分から差し出してきた。
「姫様も触らせていただいたらどうです?」
「私はいいわ」
断った瞬間、リノが悲しげな表情をしたのは気のせいだと思いたい。
しかしニナも心なしか残念そうな顔をする。
「でも姫様、こんな機会はもう二度とありませんよ。フィラン様には体毛なんて一本もなさそうな感じですし……一度経験してみたいと思いませんか?」
確かにフィランは体毛が薄い。いや、リノに比べたら無いに等しいのだが、それを不満に思ったことは一度もない。
むしろリノ並だったら初めての時も怯んでいたかもしれない。
だが、言われてみれば確かに、どのような手触りなのか気にならなくもない。
そして、バラデュール公爵夫人への土産話に少しばかり色を添えたい、という妙なサービス精神も。
エリーシャは自室だというのに辺りをキョロキョロと確認した。
「じゃ、じゃあちょっとだけ……いいかしら、リノ」
「どうぞ!」
途端に瞳を輝かせ、胸を張るリノ。
エリーシャの手が伸び、白い指先が毛の表面に触れた時だった。
メキョッ
エリーシャの背後でなにかがひしゃげるような音がした。
目の前にいるリノは、先ほどまでの様子とは打って変わったように青ざめ、ニナは目を見開き絶句している。
「ふたりとも、どうし──」
振り向いたエリーシャの目に映ったのは、ありし日、悪鬼羅刹の如く暴れた時と同じ表情をしたフィランの姿だった。
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