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外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編
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しおりを挟む「……リノ、本当にいいのですね?」
「はい……」
「それではひと思いに、さぁ!!」
エリーシャの号令で、死刑執行人……ではなく、なぜか刑を受ける立場のリノが、この世の終わりのような表情で自ら着ているシャツに手をかけた。
次の瞬間、ブチブチッと音を立てて弾け飛んだボタンと盛大にはだけた胸元。
突如目の前に現れた密林地帯に、エリーシャとニナは目を見張り、声にならない悲鳴を上げた。
「パ、パッション……!!」
エリーシャの脳裏にバラデュール夫人の言葉がよみがえる。
「それにしても……すごいですね、姫様……!」
リノの、たくましく隆起する胸から生える黒々とした毛。
それらはカールしながらも一本一本に見事なハリとツヤがある。
バラデュール公爵家お抱えの諜報員からもたらされた【ベルーガの人間は剛毛傾向】という訳のわからない情報は真実だった。
エリーシャは妙な感動に打ち震えた。
「あの……それで、私の処罰は……」
リノの弱々しい声も今のふたりには届かない。
ここはエリーシャの住まう部屋。
処刑の日まで牢屋に入れられるのだろうと思いながら、エリーシャの後をついてきたリノ。
しかしたどりついたのは牢屋ではなくなぜかエリーシャの私室。
入室を促されるも戸惑うリノにおいでおいでと手招きするエリーシャ。
おずおずと入るとテーブルに座るよう言われ、黙ってその通りにすると今度はなんとお茶とお菓子まで出てきた。
およそ罪人とは思えない扱いだ。しかしこのあと彼をさらに困惑させる出来事が起こる。
なんと、エリーシャが侍女と共に【体毛を拝見させていただけませんか!?】と身を乗り出して聞いてきたのだ。
現状、逆らうという選択肢などリノにはない。そんなこんなで前述の通り、うら若き乙女にフッサフサの胸毛を披露することとなった。
騎士団という男所帯に長年所属し、上半身を晒す事など日常茶飯事であったリノだが、乙女ふたりの前であらたまって晒すのはなんとも言えない恥ずかしさである。
しかし、何故自身の胸毛鑑賞会が催されているのか。リノにはまったくわからない。
あのあと──大広間を出たエリーシャは、リノを連れて部屋に戻った。
もちろんエリーシャには最初からリノを処罰しようなんて気はなかったが、このまま何事もなくカサンドラを国に返してはどうにも気が収まらなかった。
「あなたを処罰したりなんてしません。だってあなたたちが王族であるカサンドラ王女を止めることなんてできないもの……さっきは悪いことをしてしまいました。怖かったでしょう?どうか許してくださいね」
エリーシャの言葉に、リノはまるで毒気を抜かれたような顔をした。
「処罰しないってそんな……なぜですか?」
「なぜって……あなたの命を奪ったところでなんになるというの?あの、勘違いしないでくださいね。決してあなたの命を軽んじている訳ではありません。ただ、罪もない人に罰は必要ない、違うでしょうか?……それに、あなたやベルーガ竜騎士団の皆さんは、カサンドラ王女の行動が過ちであると気づいてる」
エリーシャも、自分が有り得ないことを言っている自覚はある。
真相がどうであれ、今回の件についてはしっかりとベルーガ側に謝罪させなければ周辺国への示しがつかない。
「もちろん、ベルーガ国王には今回のことをしっかりと抗議する書状を送ります。けれどその中にはあなたたちを処罰しないようにと付け加えるつもりです。あくまで責任はカサンドラ王女に取らせてほしいと」
「そんな……」
「……馬鹿だと思われてもいい。でも、人の命をこんなことで奪ってはならないわ。あなたにも、帰りを待っている人たちがいるでしょう?」
愛しい人の帰りを待つ気持ちがどんなにつらく淋しいものか。
エリーシャは誰よりも知っている。
「こんなことって……エリーシャ王女は暴力を振るわれたんですよ。しかもカサンドラ様は相当な馬鹿力の持ち主です。痛いなんてもんじゃなかったでしょうに」
リノは痛々しそうにエリーシャの頬を見た。
「そうですね。とても痛かった。それに、まだ彼女のした事は許せません」
けれど大広間でのカサンドラのあの態度を見る限り、まだ彼女には反省が足りないのだと感じた。
だから大切な物を無理矢理もぎ取ったのだ。
リノという仲間の命を。
「これで駄目なら、もうどうしようもないわ……仲間のため、フィーのため、そしてなにより自分自身のために、くだらないプライドを捨てて謝って欲しかったんだけど……」
「エリーシャ王女……」
「とりあえず、あなたの処遇をどうするかは追って考えましょう。さあ、遠慮せずどうぞ」
お茶とお菓子に手をつけるよう勧められたリノは、ずっと聞きたかった事を口にした。
「あの……それでどうして私は胸毛をお見せする必要が……?」
エリーシャは気恥ずかしそうに苦笑いした。
「あの、それはその……色々ありまして……社会勉強を兼ねた個人的興味といいますか……お願いリノ!このことは誰にも言わないでもらえますか?」
「はぁ……まぁ、エリーシャ王女がそういうのなら」
「ありがとう!」
エリーシャが他の男の裸を見たいとおねだりしたなんて、フィランが知れば大変な騒ぎになる。
(でも、これくらいはいいわよね)
苦しんだ自分へのご褒美……いや違う、これも知見を広げるためだ。
今度バラデュール夫人に会う時の土産話にでもしよう。この時のエリーシャは、そんな風に考えていた。
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