上 下
113 / 121
外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編

52

しおりを挟む



 
 「私はこんな身体ですが、それでもずいぶん健康になったんです」

 以前のエリーシャなら、このような場所に居合わせただけで倒れていただろう。
 それに健康になっただけではない。
 狭い世界で生きていたエリーシャに、たくさんの事を教えてくれた人たちがいる。
 その最たる存在はフィランと、彼を通して知り合った騎士たちだ。
 
 「私は皆さんのように志を同じくする訳でも、共に戦場を翔ける訳でもありません。それでもこんな私に温かく接してくれる騎士たちは家族と同じようなもの……いえ、時にはそれ以上の存在になり得ます。私には、カサンドラ様のその態度が理解できません。どうしてなりふり構わず彼らを守ろうとしないのか」
 
 見下していた女から説教なんて、これ以上の屈辱はないだろう。
 自分たちだけの問題でなくなってしまった以上、対等な立場で話し合う事はできないが、それがかえってよかったかもしれない。
 周りに人がいることで、お互い冷静に話しをする事ができるはず。

 「先ほどの言葉では、カサンドラ様が何に対して謝罪されているのかわかりません」

 エリーシャは努めて冷静に話し続けた。

 「まずはあなたのどのような行いが軽率だったのかはっきりと説明した上で、謝っていただけませんか?もちろん心から」

 フィランへの横恋慕。そしてエリーシャへの激しい嫉妬から犯してしまった罪。
 それらをすべて、包み隠さず自ら公の場で明らかにし、謝罪する事ができたなら、少しは見直してあげてもいい。
 しかし、カサンドラはエリーシャの問いに答えようとはせず、唇を引き結び床に目線を落としたまま。

 「申し訳ございませんでした!」

 広間に木霊するほど大きな声の主は、カサンドラの斜め後ろに控えていたリノだった。
 
 「本来であれば私が命を懸けてでもカサンドラ様をお止めしなければならなかったのです!すべては私の責任です。罰ならばどうか私に……!!」

 リノは両手を付き、床に額を擦り付けるようにして訴えた。
 しかし、誰の目から見ても今回の件が彼のせいでないことは明らかだ。
 リノだってわかっているだろう。
 それでも尚、主を守ろうとするその姿に、周囲は同情の目を向けた。

 (仲間が自分のためにここまでしているのに……!)
 
 まさか、臣下が自分のために命を捨てるのは当たり前だとでも思っているのだろうか。
 それでも何もしようとしないカサンドラにエリーシャは腸が煮えくり返るようだった。

 「わかりました」

 エリーシャの声に広間は静まった。

 「それではリノ、望み通りあなたの命を貰い受けましょう。カサンドラ王女、今回の事はそれで和解として差し上げます。リノ、こちらへ」

 「なっ……リノ、待ちなさい!!」

 立ち上がり、エリーシャに向かって歩を進めたリノにカサンドラは慌てて手を伸ばした。
 しかしリノはその手から逃れるように身を躱した。

 「カサンドラ様……このまま本国へ帰ったところで、俺たちが何の処罰も受けないなんて有り得ません。……どうか、何があっても仲間たちは守ってやってください」

 リノはカサンドラにそう言い残すと、衛兵に連れられて扉の向こう側へと消えていった。
 エリーシャは傷ついた様子のカサンドラに、冷たい声で言い放った。

 「カサンドラ王女、例えリノの命がどうなろうとも、すべては往生際の悪いあなたのせいです。和解といっても、今回の件についてはベルーガ国王にきちんと詳細を伝えさせていただきますから」

 まさかエリーシャがこんな苛烈な事をしてのけるとは微塵も思っていなかった国王は、驚きながらも娘の考えを尊重した。

 「これまでベルーガとは良い付き合いをしてきただけに、非常に残念だ。ベルーガ騎士団は出国までの間監視をつけさせて貰う」

 父の言葉が終わるなり、エリーシャはひとり広間を出た。
 カサンドラがどんな顔をしていたのか見ることもなく。

 
 
 

しおりを挟む
感想 215

あなたにおすすめの小説

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

処理中です...