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外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編

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 フィランの口から出た言葉にエリーシャは戸惑う。

 ──私が、フィーの心をかき乱す?私に捨てられたら正気を保つことができない?

 ふいにエリーシャは、自身がオムニブス修道院へ逃げた騒ぎで理性を失ってしまったフィランを思い出す。
 そして同時に、彼の愛の深さを知っていたはずなのに、疑うことしかしなかった自分の言動を思い出し胸が痛む。
 
 ゆらゆらと、頼りなく揺れるフィランの瞳が、エリーシャの心の中を窺うように向けられている。

 ──怖がってる

 フィランは、エリーシャに捨てられることを恐れてる。
 不思議な気分だった。
 ほんの数日前、捨てられることを怖がっていたのはエリーシャの方なのに。

 フィランを捨てるだなんてそんなこと、例えどんなに悲しくて腹立たしくてもできないことくらい、エリーシャだって本当はわかってる。
 誰よりも彼にしがみつきたいのは自分の方だ。
 けれどフィランはエリーシャとは違う。
 例えエリーシャに捨てられたところで、身を切られるような痛みに襲われようとも、辛いだろうが耐えることはできるだろう。
 けれどエリーシャには耐えられる自信がない。
 なにより自分にとってフィランがそれほど大きな存在だったからこそ、ここまで拗れたのだ。

 このまま、いつものように黙って彼に身を任せてしまおうか。
 そうすれば、何もなかったかのように元のふたりに戻れるだろうか。
 フィランは喜んで受け入れてくれるだろう。
 しばらくはぎこちない関係が続くだろうが、それもほんの少しの間。
 彼と離れたくないという自分の心はわかり切っているのだ。
 難しいことなんて何もない。
 一番手っ取り早い解決法だ。

 なのに、素直になることができない。
 そして、自分がどうしたいのか、どうしてほしいのか、その心の在り処もよくわからない。 
 
 「……リシャ……」

 打たれたのとは反対側の頬に、フィランがそっと手を添えた。
 両頬を包まれ、エリーシャは思わず俯いてしまう。

 「愛しています」

 これまでにだって何度も囁かれた言葉。
 けれど、今までとは明らかに違う響きだ。

 「愛してる、リシャ……」

 
 ──ああ、そうか

 どうして自分の心がわからないのか、ようやくわかった。
 いつからか、彼の愛にすべてを委ねていたからだ。自分の意志も、人生も。
 幼子のように、考えることもせず、ただ彼のくれる大きな愛の中で甘えていたからだ。
 勇気を出して、自分から必死で手を伸ばしたはずなのに。

 ──いつの間にか私は自分を見失っていた……与えられるのが当たり前になり、与えることを忘れていたんだ

 自分の心がわからないんじゃない。
 自分の心すら、人任せにしていただけだ。 
 今、向かい合わないでどうする。

 「……あなたが浅緋の竜を欲しがったのは、以前私が“竜に乗れたらいいのに”って言ったから?」

 頬に触れるフィランの手が、僅かに揺れた。

 「私が軽い気持ちで口にしたこともわかっていたはずよ。それなのにどうして?」

 「誰にもできないことを……誰にも与えることのできない唯一のものをあなたにあげたかったんです……」

 「どうせ乗れやしないって、あなたならわかっていたでしょう?竜に乗るための訓練なんてできやしないって」

 苦労して手に入れた物をぞんざいに扱われれば、傷付くのはフィランだ。
 
 「贈り物なら、宝石やドレスの方がずっと簡単なのに……それなのにどうして」

 「あの竜はあなたの色を持っていた。あれはリシャ、あなたのために生まれた竜だ。それをどうして誰かに渡せるの?」

 「フィー……」

 「あなたはきっといつか、自分の力であの浅緋の竜の背に乗るでしょう」

 そんなことできるわけがない。
 稀有な頭脳を持ち、騎竜に慣れたノエルに乗るのとでは訳が違う。
 エリーシャはそう思っていた。
 けれどフィランは違ったようだ。

 「あなたはいつだって、自分の人生をちゃんと自分の手で選び取ってきた。口約束だって反故にしたことはない」

 「でも……訓練になんて、耐えられるとは思えないわ」

 「もうずいぶん長い間、熱も出してないでしょう」

 エリーシャの額に自身のそれを合わせ、フィランは微笑む。

 「……自分の人生を選ぶなんて……全然できてないわ……あなたに寄りかかって、依存して……今回だってそのせいで……!!」

 「それは依存じゃありません」

 「……え……?」

 「私とリシャはふたりでひとつ。同じ心と身体を分け合って生きている。私はあなたの一部なのだから、無ければ生きられないのは当たり前……そうでしょう?」

 「フィー……」

 「私が悪いんだ。全部私が。あなたはただ私を愛してくれただけ……それだけです。違う……?」

 口にしておきながら、フィランはエリーシャの気持ちを窺うような目線をよこす。
 何かを待ち焦がれるようなその表情は、エリーシャの胸を騒がせる。

 ──ずるいわ

 こんな顔、彼はきっと誰にも見せない。

 エリーシャは覚悟を決めた。

 「約束して、フィー」

 フィランは返事をする代わりのように口を引き結んだ。
 
 「私が死んでも、誰とも番わないで」

 エリーシャもフィランの両頬を包んだ。

 「私以外に触れたりしないで……その心を晒すことも。例え私がいなくなっても、絶対に……!」

 それは、一見残酷なようでいて、けれどフィランにとっては最高のご褒美のような言葉。

 「そんなの……当たり前だ……!!」

 
 

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