【本編完結】病弱な三の姫は高潔な竜騎士をヤリ捨てる

クマ三郎@書籍発売中

文字の大きさ
上 下
108 / 121
外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編

47

しおりを挟む





 ノエルが降り立ったのはエリーシャが暮らす塔のバルコニー。
 フィランの帰還を待っていたのだろうか、喜びとも驚きともつかぬ竜騎士団員たちの声が、下の方から聞こえてくる。

 「姫様!!」

 ノエルの背から降りたエリーシャに向かって、泣き腫らした顔のニナが駆け寄ってきた。

 「ニナ……」

 一睡もできていないのだろう。酷い顔色だ。
 何も言わずに飛び出してしまったことに、エリーシャの胸がズキリと痛む。
 しかしニナはそれどころではなかったようだ。

 「このお顔はいったいどういうことですか!?なんて痛々しい……!」

 ニナは、カサンドラに打たれたエリーシャの頬を見るなり顔を歪め、後ろにいたフィランを睨みつけた。

 「ニナ、これはフィーのせいじゃないの」

 しかしエリーシャが犯人の名前を言わないせいなのか、ニナは半信半疑といった顔をしている。

 「ニナ、今はとにかく姫の手当てを──」

 「フィラン様に言われなくてもわかってます!!」

 フィランの言葉を怒鳴るようにして遮るニナに、エリーシャは面食らった。
 ニナはドスドスと床を鳴らしながら手当ての準備に取り掛かる。

 「……ニナは主思いのいい侍女です。出発前、あなたを泣かせたことについて、相当叱られました」

 「そうだったの……」

 エリーシャの苦しみを誰よりも近くで見ていたニナ。でもまさかフィランに食ってかかるとは思わなかった。
  
 ニナはエリーシャを座らせたあと、急ぎ足で水の張った桶と布を抱えて戻ってきた。そして水に浸した布を固く絞り、エリーシャの頬にあてた。

 「……っ!」

 冷たさと痛みで思わず声が出る。

 「今お医者様も呼んで参ります」

 「大丈夫よニナ」

 「でも……!!」

 ニナは譲らない構えだが、頬を張られたくらいで医者に診てもらう必要がないことくらい、エリーシャにだってわかる。
 なにせバラデュール公爵邸で、手当てについて多少学んだあとだ。
 それに何よりも今は事を大きくしたくない。
 
 「心配をかけて本当にごめんなさい、ニナ。でもこのことは誰にも言わないで」

 エリーシャの真剣な様子に、不満顔ではあったがニナは“はい……”と小さく返事をした。

 ふとエリーシャの目に、窓際で所在なく佇むフィランの姿が映った。

 「ニナ、少し外してくれるかしら?私たち、大切な話をしなくちゃいけないから」

 真っ直ぐに目を見つめると、納得してくれたようだ。エリーシャはニナから冷やした布を受け取り、今度は自身の手でそれを頬に押し当てた。
 ニナは部屋を出る寸前まで、ガルガルと牙を剥く狼の如くフィランを威嚇していたが、大人しく部屋から出て行った。


 「あなたも座って……」

 部屋の中央に置かれたテーブルセットに座っていたエリーシャは、空いている手で向かい合わせの席を促した。
 しかしフィランは空いている席ではなく、エリーシャのすぐ隣に遠慮がちに腰を下ろした。
 そして頬に当てていた布からエリーシャの手をそっと外させて、今度は自身の手のひらで布ごと彼女の頬を包み込んだ。

 「そんなこと……してくれなくていいわ……」

 未だささくれだった心は可愛くない言葉を言わせる。
 けれど今は、彼のこの行為を素直に嬉しいとは思えなかった。それに、なんだか泣きたいような気持ちにもなる。

 「カサンドラ王女と出会ったのはもう随分前の事です。そう……彼女はちょうど今のあなたくらいの年だったか」

 



しおりを挟む
感想 215

あなたにおすすめの小説

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

あなたが残した世界で

天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。 八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。

褒美だって下賜先は選びたい

宇和マチカ
恋愛
お読み頂き有り難う御座います。 ご褒美で下賜される立場のお姫様が騎士の申し出をお断りする話です。 時代背景と設定をしっかり考えてませんので、部屋を明るくして心を広くお読みくださいませ。 小説家になろうさんでも投稿しております。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

魅了の魔法を使っているのは義妹のほうでした・完

瀬名 翠
恋愛
”魅了の魔法”を使っている悪女として国外追放されるアンネリーゼ。実際は義妹・ビアンカのしわざであり、アンネリーゼは潔白であった。断罪後、親しくしていた、隣国・魔法王国出身の後輩に、声をかけられ、連れ去られ。 夢も叶えて恋も叶える、絶世の美女の話。 *五話でさくっと読めます。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...