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外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編
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しおりを挟むノエルが降り立ったのはエリーシャが暮らす塔のバルコニー。
フィランの帰還を待っていたのだろうか、喜びとも驚きともつかぬ竜騎士団員たちの声が、下の方から聞こえてくる。
「姫様!!」
ノエルの背から降りたエリーシャに向かって、泣き腫らした顔のニナが駆け寄ってきた。
「ニナ……」
一睡もできていないのだろう。酷い顔色だ。
何も言わずに飛び出してしまったことに、エリーシャの胸がズキリと痛む。
しかしニナはそれどころではなかったようだ。
「このお顔はいったいどういうことですか!?なんて痛々しい……!」
ニナは、カサンドラに打たれたエリーシャの頬を見るなり顔を歪め、後ろにいたフィランを睨みつけた。
「ニナ、これはフィーのせいじゃないの」
しかしエリーシャが犯人の名前を言わないせいなのか、ニナは半信半疑といった顔をしている。
「ニナ、今はとにかく姫の手当てを──」
「フィラン様に言われなくてもわかってます!!」
フィランの言葉を怒鳴るようにして遮るニナに、エリーシャは面食らった。
ニナはドスドスと床を鳴らしながら手当ての準備に取り掛かる。
「……ニナは主思いのいい侍女です。出発前、あなたを泣かせたことについて、相当叱られました」
「そうだったの……」
エリーシャの苦しみを誰よりも近くで見ていたニナ。でもまさかフィランに食ってかかるとは思わなかった。
ニナはエリーシャを座らせたあと、急ぎ足で水の張った桶と布を抱えて戻ってきた。そして水に浸した布を固く絞り、エリーシャの頬にあてた。
「……っ!」
冷たさと痛みで思わず声が出る。
「今お医者様も呼んで参ります」
「大丈夫よニナ」
「でも……!!」
ニナは譲らない構えだが、頬を張られたくらいで医者に診てもらう必要がないことくらい、エリーシャにだってわかる。
なにせバラデュール公爵邸で、手当てについて多少学んだあとだ。
それに何よりも今は事を大きくしたくない。
「心配をかけて本当にごめんなさい、ニナ。でもこのことは誰にも言わないで」
エリーシャの真剣な様子に、不満顔ではあったがニナは“はい……”と小さく返事をした。
ふとエリーシャの目に、窓際で所在なく佇むフィランの姿が映った。
「ニナ、少し外してくれるかしら?私たち、大切な話をしなくちゃいけないから」
真っ直ぐに目を見つめると、納得してくれたようだ。エリーシャはニナから冷やした布を受け取り、今度は自身の手でそれを頬に押し当てた。
ニナは部屋を出る寸前まで、ガルガルと牙を剥く狼の如くフィランを威嚇していたが、大人しく部屋から出て行った。
「あなたも座って……」
部屋の中央に置かれたテーブルセットに座っていたエリーシャは、空いている手で向かい合わせの席を促した。
しかしフィランは空いている席ではなく、エリーシャのすぐ隣に遠慮がちに腰を下ろした。
そして頬に当てていた布からエリーシャの手をそっと外させて、今度は自身の手のひらで布ごと彼女の頬を包み込んだ。
「そんなこと……してくれなくていいわ……」
未だささくれだった心は可愛くない言葉を言わせる。
けれど今は、彼のこの行為を素直に嬉しいとは思えなかった。それに、なんだか泣きたいような気持ちにもなる。
「カサンドラ王女と出会ったのはもう随分前の事です。そう……彼女はちょうど今のあなたくらいの年だったか」
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