105 / 121
外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編
44
しおりを挟む意を決して告げたエリーシャだったが、カサンドラはそれに対し声を荒らげた。
「なによ。自分から逃げ出したくせに……それなのに、今さらフィランとやり直したいだなんて、調子のいいこと言ってんじゃないわよ!!」
「姫様!!」
「カサンドラ姫様!いけません!!」
ラウルとカサンドラの後ろに控えていたリノが止めに入ろうと動き、叫んだ。
だがそれよりも早く、カサンドラはエリーシャに向かって勢いよく手を振り下ろした。
「────っ!!」
目を閉じた瞬間、凄まじい衝撃が頬に走る。
エリーシャは思わず倒れ込んだ。
(……耳が、聞こえない……痛い……)
生まれて初めて経験する暴力。
自身の置かれた状況が飲み込めず、エリーシャは混乱した。
「カサンドラ王女!!これは明らかに理由なき暴力だ!!我が国の王女を相手にこのようなことを……どうなるかわかっているのでしょうね!?」
慌てて側に駆け寄ってきたラウルが激しい口調で問い詰めると、カサンドラは取り返しのつかないことをしてしまったことに気づいたようだ。
「あ……あ……私は──」
狼狽えるカサンドラの身体が突如固まった。
その視線はエリーシャとラウルの先に向けられている。
エリーシャはじんじんと痛む頬を押さえながら、カサンドラの視線を追った。
すると視線の先に、怒気を孕んだ表情でこちらへ向かってくるフィランが見えた。
そしてそれを慌てて追いかけるように飛んでくるノエルの姿も。
「……フィー……」
エリーシャが呟くのと同時に、リノがホッとしたようなため息を漏らした。
リノは、バラデュール公爵邸に向かう直前、部下に頼んだ言伝がうまくいったことに胸を撫で下ろした。
「リシャ……!!」
フィランはエリーシャの元に駆け寄ると、寄り添うように彼女の身体を支えていたラウルを無言で払いのけ、そこに膝をついた。
自分に向かって、まるで壊れ物に触るかのように近づいてくる手を、エリーシャは黙ったまま見つめた。
(──どうして、あなたがここにいるの?)
エリーシャを助けにきたとでも言うのだろうか。まさか、そんな都合のいい話があるわけない。
話し合いを求めるフィランを拒み、バラデュール公爵邸に残ることを選んだのはエリーシャだ。
けれど頬に触れた長い指は、まるで彼の心の中を表すかのように震えていて、そのことにエリーシャは、自分の心が温まるような感覚を覚えた。
しかし、次にフィランの口から放たれた物騒なひと言に、エリーシャは一瞬で頬の痛みを忘れた。
「……戦争だ……」
「せ、戦争!?フィー?なに、一体なにを言って──」
エリーシャの言葉を最後まで聞かず、フィランはカサンドラを睨みつけた。
その眼光のあまりの鋭さに、カサンドラの身体は射抜かれたようにビクンと跳ねた。
「フィ、フィラン……?」
「一国の王女に……そして私が命よりも大切に想う女性に手を出したのだ。もはやベルーガとは同盟国……いや、それどころかカサンドラ王女、あなたとは志を同じくする同志でもない。敵だ」
「そ、そんな……!待ってフィラン!どうか私の話しを聞いて!」
しかしフィランは、必死に釈明しようとするカサンドラには目もくれなかった。
フィランは倒れ込んだエリーシャの身体を軽々と抱き上げ、ノエルの元へ向かっていく。
「フィラン待って!!お願いよ!!」
追いすがろうと足を踏み出したカサンドラに、フィランは顔だけを向けた。
「エリーシャ姫への暴力は、ベルーガの我が国への宣戦布告と受け取りました。……彼女を軽んじたこと、必ずや後悔させます。もちろんこの手で」
恐ろしいほどに温度のない、冷たい声。
カサンドラは絶望の表情で、その場に膝から崩れ落ちたのだった。
11
お気に入りに追加
2,224
あなたにおすすめの小説
離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。
あなたが残した世界で
天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。
八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。

褒美だって下賜先は選びたい
宇和マチカ
恋愛
お読み頂き有り難う御座います。
ご褒美で下賜される立場のお姫様が騎士の申し出をお断りする話です。
時代背景と設定をしっかり考えてませんので、部屋を明るくして心を広くお読みくださいませ。
小説家になろうさんでも投稿しております。

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

魅了の魔法を使っているのは義妹のほうでした・完
瀬名 翠
恋愛
”魅了の魔法”を使っている悪女として国外追放されるアンネリーゼ。実際は義妹・ビアンカのしわざであり、アンネリーゼは潔白であった。断罪後、親しくしていた、隣国・魔法王国出身の後輩に、声をかけられ、連れ去られ。
夢も叶えて恋も叶える、絶世の美女の話。
*五話でさくっと読めます。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる