【本編完結】病弱な三の姫は高潔な竜騎士をヤリ捨てる

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外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編

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 意を決して告げたエリーシャだったが、カサンドラはそれに対し声を荒らげた。

 「なによ。自分から逃げ出したくせに……それなのに、今さらフィランとやり直したいだなんて、調子のいいこと言ってんじゃないわよ!!」

 「姫様!!」

 「カサンドラ姫様!いけません!!」
 
 ラウルとカサンドラの後ろに控えていたリノが止めに入ろうと動き、叫んだ。
 だがそれよりも早く、カサンドラはエリーシャに向かって勢いよく手を振り下ろした。

 「────っ!!」

 目を閉じた瞬間、凄まじい衝撃が頬に走る。
 エリーシャは思わず倒れ込んだ。
 (……耳が、聞こえない……痛い……)
 生まれて初めて経験する暴力。
 自身の置かれた状況が飲み込めず、エリーシャは混乱した。
 
 「カサンドラ王女!!これは明らかに理由なき暴力だ!!我が国の王女を相手にこのようなことを……どうなるかわかっているのでしょうね!?」

 慌てて側に駆け寄ってきたラウルが激しい口調で問い詰めると、カサンドラは取り返しのつかないことをしてしまったことに気づいたようだ。

 「あ……あ……私は──」

 狼狽えるカサンドラの身体が突如固まった。
 その視線はエリーシャとラウルの先に向けられている。
 エリーシャはじんじんと痛む頬を押さえながら、カサンドラの視線を追った。
 すると視線の先に、怒気を孕んだ表情でこちらへ向かってくるフィランが見えた。
 そしてそれを慌てて追いかけるように飛んでくるノエルの姿も。

 「……フィー……」

 エリーシャが呟くのと同時に、リノがホッとしたようなため息を漏らした。
 リノは、バラデュール公爵邸に向かう直前、部下に頼んだ言伝がうまくいったことに胸を撫で下ろした。
 
 「リシャ……!!」

 フィランはエリーシャの元に駆け寄ると、寄り添うように彼女の身体を支えていたラウルを無言で払いのけ、そこに膝をついた。
 自分に向かって、まるで壊れ物に触るかのように近づいてくる手を、エリーシャは黙ったまま見つめた。
 (──どうして、あなたがここにいるの?)
 エリーシャを助けにきたとでも言うのだろうか。まさか、そんな都合のいい話があるわけない。
 話し合いを求めるフィランを拒み、バラデュール公爵邸に残ることを選んだのはエリーシャだ。
 けれど頬に触れた長い指は、まるで彼の心の中を表すかのように震えていて、そのことにエリーシャは、自分の心が温まるような感覚を覚えた。
 しかし、次にフィランの口から放たれた物騒なひと言に、エリーシャは一瞬で頬の痛みを忘れた。

 「……戦争だ……」

 「せ、戦争!?フィー?なに、一体なにを言って──」

 エリーシャの言葉を最後まで聞かず、フィランはカサンドラを睨みつけた。
 その眼光のあまりの鋭さに、カサンドラの身体は射抜かれたようにビクンと跳ねた。

 「フィ、フィラン……?」

 「一国の王女に……そして私が命よりも大切に想う女性に手を出したのだ。もはやベルーガとは同盟国……いや、それどころかカサンドラ王女、あなたとは志を同じくする同志でもない。敵だ」

 「そ、そんな……!待ってフィラン!どうか私の話しを聞いて!」

 しかしフィランは、必死に釈明しようとするカサンドラには目もくれなかった。
 フィランは倒れ込んだエリーシャの身体を軽々と抱き上げ、ノエルの元へ向かっていく。

 「フィラン待って!!お願いよ!!」

 追いすがろうと足を踏み出したカサンドラに、フィランは顔だけを向けた。

 「エリーシャ姫への暴力は、ベルーガの我が国への宣戦布告と受け取りました。……彼女を軽んじたこと、必ずや後悔させます。もちろんこの手で」

 恐ろしいほどに温度のない、冷たい声。
 カサンドラは絶望の表情で、その場に膝から崩れ落ちたのだった。






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