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外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編
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しおりを挟むフィランは不思議な人だ。
余計なことは一切言わないし、口数の少ない人だけど、そばにいるだけで“この人がいればなにがあっても大丈夫”、そんな風に思わせてくれる。
だから、彼の隣はなによりも誰といるよりも安心できるのだ。
──私は、欲張りで、わがままだ
目の前にいるカサンドラは、フィランを慕う大勢の女性の中のひとり。
エリーシャの姉である第一王女レオノールもまた、彼に恋い焦がれ、実の妹であるエリーシャを消そうとした。
なぜなら、それだけの価値が、フィランという男にあるから。
エリーシャだってそうだ。
無理だとわかっていても手を伸ばした。
遊ばれてもいい。彼に抱いてもらえるなら命を失っても構わないと。
それくらい、叶うはずのない願いだと思っていた。
けれど奇跡は起きてくれたのだ。
願いが叶ったのなら、彼のそばに居続けるために、もっとすべきことがあったはず。
なのに日々の暮らしは相変わらずで、出掛けていく彼を待ち続けるだけの日々。
彼しか見えていなかった。
ラウルと訪れた街で見た、“今”を生きている人たちの日々の営み。
そこではなにか特別なことが起きているわけではない。
けれど、彼らはしっかりと地に足をつけ、たくさんの人や事柄と関わりながら、着実に前へ進んでいる。
今ならわかる。
フィランがエリーシャを外に出さなかったのは、きっと今の自分では外に出たってなにもできず、傷つくだけだから。だってエリーシャには、外の世界で傷つく準備ができていない。
きっとフィランは、いつかその時がくるまで……エリーシャが自分の力で前に進もうとする日まで、なにも言わずに守ってくれていたんだ。
誰よりも、エリーシャの弱さや脆さを知っているから。
浅緋の竜のことだってそう。
私が気まぐれで言った言葉だということくらい、彼にはわかっていたはず。
それでも彼は、願いを叶えようとしてくれたのだ。
きっと、私に希望を持たせるために。
一歩を踏み出せるきっかけとなるように。
今回のことは、自分自身なにも変わらなかったから起きたのだ。
エリーシャはフィランに相応しくない。
だから、彼に相応しくあろうとする人たちに足を取られるのは当たり前のこと。
自分のことを棚に上げて、フィランの不貞を疑って、大切なことを見失って……いったいなにをしていたのだろう。
「……ごめんなさい」
エリーシャの突然の謝罪に、カサンドラは面食らったような表情をした。
わけがわからず困惑しているのだろう。
エリーシャ自身も、どうしてそんな言葉が口を衝いて出たのか理解しきれていなかった。
けれど、理由はなんであれ、カサンドラだってフィランを大切に想っていたひとりなのだ。
もし、エリーシャがフィランの隣に立つのに相応しい人間であったなら、いくらカサンドラでもここまでのことはしなかっただろう。
ドレス姿で竜に跨がるような人だ。
エリーシャさえ健康な身体であったなら、決闘の一つも申し込まれたかもしれない。いや、身体が健康でなくとも心が強ければ、手っ取り早い方法で挑んできたことだろう。
エリーシャ自身の卑屈さが、彼女を醜い行為へと駆り立てたのだ。
──強くなりたい
強くなって、誰も疑うことのない生き方をしたい。
そしてもう一度……
「私は、もう一度フィラン様ときちんと向き合いたい……!」
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