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外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編
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しおりを挟むカサンドラは、迎えが出てくるのを待っているのか、降り立った場所から動こうとしない。
慌てた様子でラウルが口を開いた。
「姫様はここにいてください。絶対に出てきてはいけません。母上、頼みましたよ!」
ラウルの顔は真剣だ。おそらくエリーシャを守ろうとしてくれているのだろうが、それは彼のためにならない。
カサンドラの目的は自分だ。間違いない。
「いいえ。ラウル様、私が行きます」
「姫様!それはいけません」
本当は足が震えている。
けれど、ここで逃げたらいけない気がした。
「大丈夫です。あのような格好でこられたのですから、フィーのように暴れたりはしないでしょう。それに……彼女とは一度きちんと話さなければならないのです」
これ以上逃げてばかりいるわけにはいかない。エリーシャは覚悟を決め、カサンドラの元へと向かった。
*
『決して口は出さないからついていきます』
そう言って聞かないラウルと共に現れたエリーシャに対し、カサンドラはいきなり正面から痛烈な嫌味を言い放った。
「あら……まさかエリーシャ姫自ら出迎えてくださるなんて思いませんでしたわ。さながらバラデュール公爵家の女主人といった風情ですわね。いっそのこと本当にそうなされたら?お二人、とってもお似合いですものね」
「なんて礼儀知らずな……」
背後で怒りを滲ませたラウルの声がした。
まだ降嫁したわけではないエリーシャはれっきとしたこの国の王女である。
突然押し掛けてきてこの態度。ラウルでなくとも目に余る。
彼女の従者だろうか。後ろに控えている赤毛の男が真っ青な顔をしている。
それを見てエリーシャは、少なくともベルーガ側にもまともな人間がいるのだと理解した。
「きちんとご挨拶するのはこれが初めてですね、カサンドラ王女」
「ええ。フィランにお願いして、個人的にご挨拶に行こうと思っていたのですが、まさか城出なさるなんて思ってもみなかったものですから」
エリーシャの神経を逆撫でしようとでもしているのか、嘲笑まじりの声が響く。
エリーシャは、これまで床に伏すことの多い人生ではあったが、王女としての教育はひと通り受けている。
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なのにそんな当たり前のことすら忘れてしまっていた。嫉妬に駆られて周りが見えなくなっていたせいだ。
だから今度こそ胸を張り、しっかりとその双眸でカサンドラを見据えた。
「こちらにはどういった用件でいらしたのでしょうか?まさか本当に挨拶だけしにいらしたとでも?」
すると、カサンドラの顔から笑みが消えた。だがそれは一瞬のことで、またすぐに、今度はわざとらしく微笑んだ。
「私……ずっとエリーシャ姫とお話してみたかったのです」
「私と?」
「ええ。いつもフィランから聞いていたからでしょうか。なんだかずっと前から、知り合いだったような気がするんです」
言外に、フィランとの付き合いの長さと深さをアピールしているつもりなのだろう。
けれど、バラデュール夫人から二人の真実を聞いた今、エリーシャの心はこれまでのことがまるで嘘だったかのように凪いでいた。
「このドレスも……普段は騎士服ばかり着ているのですが、フィランがよく似合うと褒めてくれたものなので、エリーシャ姫へ挨拶する時に着ようと思っていました。どうかしら?」
くるりと回って見せるカサンドラが、なんだか滑稽にすら思えてくる。
これは本当にあのカサンドラなのだろうか。
男たちの中にあっても常に凛々しく、堂々としていた彼女の姿からは想像もつかない。
むしろ彼女の内面は、女の嫌な部分が濃い。
──どうして、こんな人に惑わされてしまったのだろう
フィランの態度も確かによくなかった。
けれど、思い込みで勝手な真似をした自分は?
周りはエリーシャのことを肯定してくれたけど、果たして本当に正しかったと言えるだろうか。
だって、自分はフィランを問い質すこともせずに逃げたのだ。
どんなにつらくて悲しくて、そしてみっともなくても、思いの丈をすべて彼にぶつければよかった。
エリーシャは、フィランの不器用さを誰よりも知っていたはずなのに。
そして、自分に対する愛の深さも。
疑われるような行動を取った彼も悪いし、そんな彼から逃げた自分も悪い。
──けれど、今はフィーと向き合う前にすべきことがあるわ
エリーシャの頭の中に、バラデュール夫人の言葉がよみがえる。
『姫様!剛毛の人間を舐めてはいけませんわ!!剛毛はいわばパッション……情熱と同じなのです!そんなものを身体のあちこちに生息させている国の血を引く人間が、大人しく引き下がるはずがありません!』
ベルーガの民の剛毛も情熱も、否定するわけではない。
だが、これ以上カサンドラに好き勝手させるわけにもいかない。
──これは、私の人生なのだから
エリーシャの中で、カチコーンと開始の鐘が鳴った。
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