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外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編
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しおりを挟む「リノ、ビアンカを出してちょうだい」
「姫様!?どうされたんですかその格好は!」
リノと呼ばれた赤毛の男はベルーガ竜騎士団の副団長である。わがままなカサンドラを幼少期から見守り、支えてきた男だ。年齢は今年で三十五になる。
リノは、部屋で反省しているはずのカサンドラが化粧をし、ドレス姿で竜舎に現れたことに目を丸くする。
「出掛けるのよ。そうだわリノ、あなたもいらっしゃいな」
「で、出掛ける?なに言ってるんですか!もうすぐベルーガに帰還するっていうのに!」
ベルーガの竜騎士団員たちは、フィランの口から現在の状況を知らされていた。なので団員たちは、皆で帰還準備を進めていたところだったのだ。
「フィランは今頭に血が上っているだけよ。すぐに機嫌を直すわ。だから帰還準備は今すぐやめなさい」
「姫様、これ以上なにかあれば国家間の問題に発展しかねません。ご自身の振る舞いについてもう一度よくお考えになって下さい!」
「うるさいわね!来ないなら一人で行くわ。竜を出しなさい!」
カサンドラはまったく引く気がない。
彼女は次期ベルーガ国王と目されている王女で、リノの上官だ。一介の騎士である自分には、諫言する以上のことは許されない。
「……わかりました。では私もお供させていただきます」
せめて最悪の事態だけはこの手で防がなければ。
リノはすぐさま部下に命じ、カサンドラの騎竜ビアンカと、自身の竜を竜舎から連れてこさせた。
「それで、どちらに行かれるんですか?」
「バラデュール公爵邸よ。場所はさっき聞いておいたから、あなたは黙ってついてきなさい」
「えっ、バラデュール公爵邸!?ちょっと姫様!」
しかしカサンドラは焦るリノには目もくれず、ビアンカと共に空に飛び立った。
「なんてこった、まさか直接会いに行くなんて……!おいお前、このことを急いでフィラン殿に伝えてくれ!頼んだぞ!」
エリーシャがバラデュール公爵邸へ身を寄せていることは、既に城内でも噂になっていた。
リノは部下に言伝を頼むと急いで自身の騎竜に乗り、カサンドラのあとを追いかけた。
*
静養を終えた騎士団員たちが帰城し、バラデュール公爵邸は静けさを取り戻していた。
「私もそろそろ城に戻ろうかと思います」
公爵邸の応接室。紅茶の置かれたテーブルを夫人とラウルと一緒に囲んでいたエリーシャがそう伝えると、やはりというべきか二人は難しい顔をした。
「もう少し待たれた方がいいのでは?」
先に口を開いたのはラウルだった。
「フィランとこの先どうするのか、まだ考えもまとまられていないのではありませんか?そんな状態で話し合っても……」
ラウルは言いにくそうに口を噤んだが、言いたいことはなんとなくわかる。このまま城に戻っても、フィランに言いくるめられて元に戻るだけなのではないか。そう言いたいのだろう。
「そうですわ。それに、私は先日のお返事もまだ聞いておりませんし」
含みのある笑みを浮かべ、夫人も口を挟んだ。返事とは、ラウルのところに嫁がないかというアレのことだろう。
(本気でおっしゃってるのかしら……)
夫人が醸し出す雰囲気は独特で、時折それが本気なのか冗談なのかわからなくなる。
ラウルは不思議そうな顔で母親を見ている。ということは夫人の発言についてはなにも知らないのだろう。
夫人がエリーシャを望んでいたとしても、ラウルがそうであるとは限らない。それに、こんなに男らしい彼だ。もしエリーシャに気持ちがあるのなら、もうとっくに想いを伝えてくれているはず。
「夫人のお申し出は大変光栄なのですが、ラウル様にはそんな気はございませんわ。ですから、私がいつまでもここにいればラウル様の今後にもご迷惑がかかってしまいます」
エリーシャがにこにこと微笑みながら返すと、夫人はぐわっと目を見開き物凄い速度で息子の方に顔を向けた。
「ラウルお前……まさか二人で出掛けておいてなにも伝えていないなんてこと……ないわよね……」
身を乗り出すようにしてじりじりと詰め寄る夫人。文末の“ないわよね”のところ、口が歪みすぎていて怖かった。
「……弱っているところにつけこむなんて、そんなの男のすることじゃないでしょう」
これに夫人は呆れたようにため息をつく。
「あなたね」
「待ってください」
ラウルは喋りかけた夫人を制し、窓の外に目をやった。
「ラウル様、どうされました?」
エリーシャの問い掛けにも答えず、ラウルは立ち上がり窓の方へと向かった。
「……冗談だろ」
エリーシャと夫人は訳がわからず顔を見合わせる。
「ラウル、どうしたの」
「客人です……それも王族の」
ラウルはエリーシャたち主君の家族を“王族”などとは決して呼ばない。
(まさか……)
エリーシャの心臓がドクンと大きな音を立てる。
うるさい胸を手で押さえながら、恐る恐る窓際へ近寄ったエリーシャの目に映ったのは、二頭の赤く光る鱗の竜。
そしてその背から優雅に降り立ったカサンドラの姿だった。
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