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外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編
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しおりを挟むところ変わって王城の一室。
カサンドラは、王族である自分のために用意された豪華な貴賓室で、自身の顔に化粧を施していた。服もいつもの騎士服とは違う。急場しのぎの既製品ではあるが、品のあるレースが全身を覆い、裾に向かって広がるデザインのデイドレスだ。
波うつ豊かなストロベリーブロンドを流れるままに、豊かな身体の曲線を強調したドレスを着た自分の美しい姿に自然と笑みが溢れる。
ベルーガ国王の第一子として生を受けたカサンドラは、美しい容姿と健康な身体に恵まれた。女だてらに竜に乗り、屈強な男たちと肩を並べ戦場に出る豪胆さも持ち合わせた彼女は、次期王座に一番近い存在だと目されてきた。
当然言い寄ってくる男も多く、皆がカサンドラに媚びへつらい賛辞を送る。だからこれまでの人生は、まさに女王のように振る舞って生きてきた。男だって選ばれるのではない。自分が選ぶのだ。もちろん火遊びだって、真似事だが何度も経験した。けれどどんな男もカサンドラを満足させることはできなかった。
そもそもベルーガの男たちというのがカサンドラの好みからかけ離れているのだ。
骨太で筋骨隆々。髪質はチリチリとした剛毛が多いベルーガ。それを避けたければヒョロヒョロとした生気の薄いタイプを選ぶしかない。
いつかはこの男たちの中から夫を選ばなければならないのか。カサンドラは己の境遇を呪った。
しかしなにも夫を国内で選ぶ必要はない。
フィランと知り合ったのは今からずいぶん前のこと。初めて出会った頃は初々しさの残る十代の青年だった。だがその並外れた美しさに目を奪われたのをよく覚えている。
最初は美しさに興味があった。あの美貌の青年を侍らせたらさぞかし気分がいいだろうと。だから会えばずっと一緒にいた。最初は迷惑そうにしていたフィランだったが、回を重ねるごとにその態度も少しずつ軟化していった。
歳を重ねるごとに増していくフィランの身体の厚み。わがままなカサンドラを仕方なさそうに受け入れてくれる優しい瞳。
気づいたらもう恋に落ちていた。
だがひとたび女を出せば、フィランは離れていってしまうような気がした。彼は高潔な男だ。竜騎士団所属という時点で、彼はカサンドラをそういう対象として見ていない。だから時が来るまでは彼の良き理解者で、同志であろうと心がけていたのだ。
しかし、カサンドラが虎視眈々とフィランを手に入れる算段を練っている間に、彼はとんでもない女を番に選んでしまった。
彼の主君の娘。病弱な三の姫エリーシャ。これといった持病があるわけでもないのに、なにかにつけ身体が弱いからと、王族の責務も果たさず部屋に引きこもるしか脳のない王女。
聞けばカサンドラの足元にも及ばない貧相な見目の女だというではないか。
もしかしたら主君に泣きつかれ、嫁ぎ先の見つからない王女と無理やり娶せられたのではないだろうか。
そう思うといてもたってもいられなかった。
なにがなんでも本人の口から真相を聞かなければ気が済まない。もしカサンドラの予想通りであるのなら、今すぐベルーガの父王に言ってフィランを自分の夫にしてもらうために筆を執ってもらわねば。幸いにもまだ二人は婚姻していないのだ。
カサンドラはこのときほど後悔したことはない。遠慮などせずに自分の気持ちを伝えておけばよかった。フィランだってきっとカサンドラを憎からず思っているはず。
しかし、はやる気持ちを抑えながら遠征で久し振りの対面を果たしたフィランは、カサンドラの知る彼とはまるで別人だった。
任務の間こそいつも通りの彼だったが、野営地で過ごす夜、ふとした瞬間に見せた物憂げな表情をカサンドラは見逃さなかった。
あれは恋をしている人間の表情だ。
『フィラン団長、こんなにエリーシャ姫様と離れるのは初めてだから、淋しいんじゃないですか?』
軽口を叩く団員をいつもなら叱るのに、微笑みながら『うるさい』と言うだけ。彼の、艶のある甘さを含んだ微笑みなど初めて見た。カサンドラは、フィランのあまりの美しさに魅了されるのと同時に、激しい嫉妬に襲われた。
『大切な話しがあるの』
カサンドラはその夜遅く、フィランを呼び出した。人に聞かれたくない話しだと真剣に訴えると、黙ってついてきてくれた。
二人で竜に乗り、野営地から少し離れた場所に降り立つと、そこにあの浅緋の竜がいたのだ。
『リシャ……!!』
浅緋の竜を見た瞬間、フィランはまるでなにかに取り憑かれたかのように、浅緋の竜を見つめたまま動かなくなった。
結局その夜はなにも伝えられずに終わってしまった。だがこれでフィランの国へ滞在する理由ができた。憎き“病弱な三の姫”の顔を見に行くことができる。
そんな経緯でカサンドラはフィランと共に帰還したのだ。
「……手紙を握り潰したのがバレたのは痛いけど、まだ十分挽回できるわ。だってフィランのことを誰よりも理解してるのは私なんだから」
フィランは汚い手を嫌う。カサンドラを突き放すような言い方をしたのは手紙の件があったからだ。これまでもそうやって彼に叱責された者を見てきた。
宴の席にフィランと共に現れたカサンドラを見た時のエリーシャのあの顔。いい気味だった。もう少し痛めつければすぐに自分の身の程を理解するだろう。守られてばかりで戦おうともしない愚かなお姫様。あんなひ弱で情けない小娘になんて、負けてたまるものか。
「容姿はまあまあだけど……私にはなにもかもが遠く及ばないわ。それをわからせてあげなきゃね」
真紅の紅を引き終わると、カサンドラは足早に部屋を出たのだった。
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