【本編完結】病弱な三の姫は高潔な竜騎士をヤリ捨てる

クマ三郎@書籍発売中

文字の大きさ
上 下
98 / 121
外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編

37

しおりを挟む





 あれは、フィランと結ばれてから少し経った頃のことだった。少しばかり危険の伴う任務に竜騎士団が向かうことになった。だが期間は四~五日だと聞いていたのに、彼らは戻ってこなかった。
 結局ちょうど一週間後に戻ってきたのだが、エリーシャは毎日泣きながら、ただ帰りを待つことしかできなかった。
 帰還したフィランの目に映ったのは、エリーシャの今にも倒れそうな顔色の悪さと、滝のような涙の跡。思い返すと本当に情けない。あの時のフィランの慌てようといったらもう。
 (私ったら、改めて思い返すと本当に情けないことばかりしてるわ……フィーの支えになるどころか心配ばかりかけて……)
 過酷な任務帰りでフィランの身体は疲れきっていたはずだ。それなのに彼は一晩中エリーシャを抱いて愛して安心させてくれた。
 その時に言った言葉だ。
 『私も竜に乗れたらいいのに』
 そうだ。確かにそう言った。
 あなたと一緒に飛びたいと。そうしたら、あなたを待つだけじゃなく、迎えにだって行けるのにと。
 もっと強い身体なれるように頑張って、健康になる頃にはノヴァも大きくなるだろうから、その背に乗れるようになるかしらと。
 できもしないのに。努力だってしないのに。フィランとノエルのように私も空を飛びたいと。でもフィランはそれを無理だと笑い飛ばしたりはしなかった。幸せそうに、けれど恥ずかしそうにはにかんだ笑顔を見せて言ったのだ。
 『ノヴァが成竜になるまでにはまだまだ時間がかかります。……あれに乗れるようになるのはその……将来、私たちの子どもが成長した頃でしょう……』

 「……私のせいだわ……私が竜に乗りたいと言ったからきっとフィーは……」

 あれからエリーシャのためにずっと探してくれていたのだろうか。だとしたら、きっと彼の中で浅緋の竜になにか運命的なものを感じたからに違いない。竜には乗りたくても相性というものがある。
 『いつか必ず出会えます。竜との出会いは運命のようにやって来る。私とノエルのように』
 彼はあの時そう言った。そして今回の遠征先で出会ったんだ。エリーシャの運命かもしれない竜に。

 「……まあ、責任を感じる姫様の気持ちもわかりますけれど、だからといって女心をここまで傷つけるなんて、そう簡単に許せるものじゃありませんわ」

 現在フィランはエリーシャに愚行を働いたことにより、自身の運命の出会いであったはずのノエルにも見捨てられ、なおかつその息子のノヴァにも見限られてしまった。だがそのことを知らないエリーシャは、自分だけが理不尽にフィランを責め立てているのではないかという気持ちに苛まれてしまう。

 「姫様、ここですんなりフィラン殿を許したっていいことはなにもありませんわよ。それにあのベルーガの王女も、このまま大人しく引き下がるなんてとても思えませんわ」

 「カサンドラ姫は……一体どうなさるつもりなのでしょうか」

 エリーシャに対する嫌がらせについては、既に父母や姉、そして竜騎士団員たちの前で明らかにされたという。
 それなのに、これ以上なにかしようと画策するだろうか。

 「姫様!剛毛の人間を舐めてはいけませんわ!!剛毛はいわばパッション……情熱と同じなのです!そんなものを身体のあちこちに生息させている国の血を引く人間が、大人しく引き下がるはずがありません!」

 エリーシャは、一瞬なにか聞き間違えたかと思ったが、夫人は大真面目だ。
 ベルーガは一年中温暖な国だと聞いたことがあるが、剛毛の国だとは聞いたことがない。
 
 「それにフィラン殿も……既にやらかしてしまったことについては仕方ありませんが、男の度量と力量は後始末に表れますのよ。ここがフィラン殿の見極め時です。そう思えば今回のことも、結婚する前の最後の判断としてはちょうどいい機会でしたわね」

 こんなにつらい思いをしたのに、それが自分のためになるちょうどいい機会とは。
 なんでも前向きに捉える夫人にエリーシャは感服した。

 「ねえ姫様……うちのラウルのことをどう思われます?」

 軽く咳払いをし、あらたまった声で夫人はエリーシャに問い掛けた。

 「ラウル様ですか?あの、私にもとても親切にしてくださいますし、騎士団の皆さんからの信頼も厚く、とても立派な方だと思っていますが」

 「それはようございました。あの子も団長としてしっかりやってるようでなによりです。では、男としてはいかがでしょう?」

 「男性として……あの、失礼ですがどういう意味でしょうか……?」

 夫人はうんうんと頷いて、にっこりと笑った。

 「もしもフィラン殿に見切りをつけるということになった場合、うちのラウルのところに来ていただけないかと思いまして」

 (ん?来る?来るって……)
 エリーシャは、未だ夫人の言葉の意味がわからず戸惑い、首を傾げた。

 「このバラデュール公爵家の次期公爵夫人として、ラウルのもとへ嫁いでいらっしゃいませんか?」

 「ラ、ラウル様のもとへですか!?」

 エリーシャはしばらくの間言葉を失った。

 


 
 

 
 

しおりを挟む
感想 215

あなたにおすすめの小説

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

あなたが残した世界で

天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。 八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。

褒美だって下賜先は選びたい

宇和マチカ
恋愛
お読み頂き有り難う御座います。 ご褒美で下賜される立場のお姫様が騎士の申し出をお断りする話です。 時代背景と設定をしっかり考えてませんので、部屋を明るくして心を広くお読みくださいませ。 小説家になろうさんでも投稿しております。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

出生の秘密は墓場まで

しゃーりん
恋愛
20歳で公爵になったエスメラルダには13歳離れた弟ザフィーロがいる。 だが実はザフィーロはエスメラルダが産んだ子。この事実を知っている者は墓場まで口を噤むことになっている。 ザフィーロに跡を継がせるつもりだったが、特殊な性癖があるのではないかという恐れから、もう一人子供を産むためにエスメラルダは25歳で結婚する。 3年後、出産したばかりのエスメラルダに自分の出生についてザフィーロが確認するというお話です。

処理中です...