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外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編
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しおりを挟むあれは、フィランと結ばれてから少し経った頃のことだった。少しばかり危険の伴う任務に竜騎士団が向かうことになった。だが期間は四~五日だと聞いていたのに、彼らは戻ってこなかった。
結局ちょうど一週間後に戻ってきたのだが、エリーシャは毎日泣きながら、ただ帰りを待つことしかできなかった。
帰還したフィランの目に映ったのは、エリーシャの今にも倒れそうな顔色の悪さと、滝のような涙の跡。思い返すと本当に情けない。あの時のフィランの慌てようといったらもう。
(私ったら、改めて思い返すと本当に情けないことばかりしてるわ……フィーの支えになるどころか心配ばかりかけて……)
過酷な任務帰りでフィランの身体は疲れきっていたはずだ。それなのに彼は一晩中エリーシャを抱いて愛して安心させてくれた。
その時に言った言葉だ。
『私も竜に乗れたらいいのに』
そうだ。確かにそう言った。
あなたと一緒に飛びたいと。そうしたら、あなたを待つだけじゃなく、迎えにだって行けるのにと。
もっと強い身体なれるように頑張って、健康になる頃にはノヴァも大きくなるだろうから、その背に乗れるようになるかしらと。
できもしないのに。努力だってしないのに。フィランとノエルのように私も空を飛びたいと。でもフィランはそれを無理だと笑い飛ばしたりはしなかった。幸せそうに、けれど恥ずかしそうにはにかんだ笑顔を見せて言ったのだ。
『ノヴァが成竜になるまでにはまだまだ時間がかかります。……あれに乗れるようになるのはその……将来、私たちの子どもが成長した頃でしょう……』
「……私のせいだわ……私が竜に乗りたいと言ったからきっとフィーは……」
あれからエリーシャのためにずっと探してくれていたのだろうか。だとしたら、きっと彼の中で浅緋の竜になにか運命的なものを感じたからに違いない。竜には乗りたくても相性というものがある。
『いつか必ず出会えます。竜との出会いは運命のようにやって来る。私とノエルのように』
彼はあの時そう言った。そして今回の遠征先で出会ったんだ。エリーシャの運命かもしれない竜に。
「……まあ、責任を感じる姫様の気持ちもわかりますけれど、だからといって女心をここまで傷つけるなんて、そう簡単に許せるものじゃありませんわ」
現在フィランはエリーシャに愚行を働いたことにより、自身の運命の出会いであったはずのノエルにも見捨てられ、なおかつその息子のノヴァにも見限られてしまった。だがそのことを知らないエリーシャは、自分だけが理不尽にフィランを責め立てているのではないかという気持ちに苛まれてしまう。
「姫様、ここですんなりフィラン殿を許したっていいことはなにもありませんわよ。それにあのベルーガの王女も、このまま大人しく引き下がるなんてとても思えませんわ」
「カサンドラ姫は……一体どうなさるつもりなのでしょうか」
エリーシャに対する嫌がらせについては、既に父母や姉、そして竜騎士団員たちの前で明らかにされたという。
それなのに、これ以上なにかしようと画策するだろうか。
「姫様!剛毛の人間を舐めてはいけませんわ!!剛毛はいわばパッション……情熱と同じなのです!そんなものを身体のあちこちに生息させている国の血を引く人間が、大人しく引き下がるはずがありません!」
エリーシャは、一瞬なにか聞き間違えたかと思ったが、夫人は大真面目だ。
ベルーガは一年中温暖な国だと聞いたことがあるが、剛毛の国だとは聞いたことがない。
「それにフィラン殿も……既にやらかしてしまったことについては仕方ありませんが、男の度量と力量は後始末に表れますのよ。ここがフィラン殿の見極め時です。そう思えば今回のことも、結婚する前の最後の判断としてはちょうどいい機会でしたわね」
こんなにつらい思いをしたのに、それが自分のためになるちょうどいい機会とは。
なんでも前向きに捉える夫人にエリーシャは感服した。
「ねえ姫様……うちのラウルのことをどう思われます?」
軽く咳払いをし、あらたまった声で夫人はエリーシャに問い掛けた。
「ラウル様ですか?あの、私にもとても親切にしてくださいますし、騎士団の皆さんからの信頼も厚く、とても立派な方だと思っていますが」
「それはようございました。あの子も団長としてしっかりやってるようでなによりです。では、男としてはいかがでしょう?」
「男性として……あの、失礼ですがどういう意味でしょうか……?」
夫人はうんうんと頷いて、にっこりと笑った。
「もしもフィラン殿に見切りをつけるということになった場合、うちのラウルのところに来ていただけないかと思いまして」
(ん?来る?来るって……)
エリーシャは、未だ夫人の言葉の意味がわからず戸惑い、首を傾げた。
「このバラデュール公爵家の次期公爵夫人として、ラウルのもとへ嫁いでいらっしゃいませんか?」
「ラ、ラウル様のもとへですか!?」
エリーシャはしばらくの間言葉を失った。
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