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外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編

閑話 親子の絆、深まる

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 フィランを送り届けたあと、ノエルはいつも暮らしている竜舎へ戻り、お気に入りの場所で翼を休めた。
 するとしばらくして遠慮がちにルナが近づいてきた。気まずそうな顔をしている。きっと命令とはいえフィランを連れて行ってしまったことに罪悪感を感じているのだろう。
 距離を保ったままのルナに、ノエルは自分から声を掛けてやった。

 「ピピピィ(気にするな)」

 するとルナはわかってくれたのか、また遠慮がちに戻って行った。
 一人になり、目を閉じると緑の香りを乗せた爽やかな風が鼻をくすぐる。エリーシャは今頃どうしているだろう。
 ラウルの元で新しい世界を覗いているだろうか。フィランはエリーシャをまるで宝物のように大切にしまっておこうとしていた。けれどエリーシャは外に出ることを恐れるどころか目を輝かせて子どものようにはしゃぐ。
 エリーシャはフィランを得たことで世界が輝き出した。フィランは怖かったのだろう。
 彼女の瞳に映る輝く世界の中で、いつか自分が色あせてしまうことが。
 エリーシャはそんな女性ではないのに。
 今回のことは起こるべくして起こったことだろうし、二人にとっていい機会だったのではないかとノエルは思う。
 (さすがに疲れた……)
 訪れた心地よい微睡みに、ノエルは身を任せた。


 鼻頭を撫でる風が少し冷たい。
 もう夕方か。まだ重い瞼をそのままに、ノエルは夕暮れ時の風の匂いを吸い込んだ。
 (……?)
 草花の香りの中に、なんとも柔らかで愛おしい匂いが混じっていることに気づき、目を開ける。

 「ピ、ピギュウゥゥ……」

 すると目の前には、今は亡き番との間に授かった我が子が座り込んでいた。

 「……ピィ?(どうした)」

 「……」

 しかし息子は黙ったまま下を向いている。
 短い足のさらに短い指をもじもじしているあたり、なにか言いたいことがあるのは明白だ。
 聞いてやろうかとも思ったが、男の子だ。ノエルはノヴァが自分から言い出すのを根気強く待った。

 「ピ、ピィピィ(あの、ちちうえ)」

 「ピ?(なんだ)」

 「ピィィピピピ……(ひめさまにあいたいです……)」

 お前もそうきたか。
 まったくどいつもこいつも誇り高き竜をなんだと思っているのだ。いや息子も竜だけど。あとエリーシャは可愛いから別。
 お手軽な空飛ぶ運搬船かなにかと勘違いしてないか。
 それにエリーシャのことは、今はそっとしておいてやったほうがいい。いつまでも城出したままでいられないのは、エリーシャ自身が一番よくわかってるはず。

 「ピ、ピピ、ピギュウゥゥウ……(で、でも、せめてげんきにしてるのかだけしりたい……)」

 確かに。エリーシャひとり置いてきてしまったことはノエルも心残りだ。
 ラウルがそばにいるのだから無事だとは思うが……。
 ノエルはしばらく考えたあと、起き上がった。

 「ピピピィ、ピピ(遠くから一目見るだけだぞ、いいな)」

 「ピィ!(はい!)」

 ノエルはまだ飛ぶことのできない息子を背に乗せ、エリーシャのいるバラデュール公爵邸に向けて飛び立った。
 父と息子、初めての旅路。短い距離だが、大空を翔ける父の背に乗るノヴァの瞳はキラキラと輝き、小さな胸は大きく高鳴っていた。
 

 王都を過ぎ、街を過ぎ、眼下に見える明かりがまばらになってきた。しかしその先に一際明るい大きな建物が見える。そして大勢の人の気配も。
 きっとあそこにエリーシャがいる。
 父には見るだけだと言われたけど、できることなら会いたかった。
 きっとエリーシャだって自分に会いたいはず。たとえフィランとの仲は終わったとしても、ノヴァとは違う。エリーシャがこんなに可愛がっているのはノヴァだけなのだから。
 ノエルは緩やかに降下を始めた。
 ついにエリーシャに会える。ノヴァの気分は最高潮に高まった。
 だがしかし、待っていたのは厳しすぎる現実だった。
 
 昼間は負傷した騎士団員たちでごった返していた庭園だったが、屋敷の中に移り食事でもしているのか、賑やかな声が聞こえてくる。
 ノエルは人目につかない場所を選んで着地し、ノヴァを下ろしてやった。
 エリーシャはどこだろう。外はもう暗い。庭には出てこないかもしれない。
 飛べないノヴァは、短い足を精一杯動かして屋敷の周りを探し、ノエルもそーっとその後をついて回った。
 すると竜舎に似た造りの建物が見えてきた。
 大きさからしてきっと厩舎だろう。ノヴァが通り過ぎようとした時だった。

 「うふふ、レックスったら!もう、ダメよ」

 ノヴァの耳がピーンと立った。
 間違いない。この声はエリーシャだ。
 声は厩舎の中から聞こえてくる。急いで飛び出そうとしたノヴァだったが、ノエルがその小さな背中をひょいっと咥える。
  
 「ピ!」

 駄目だ。ノエルは小さな声で息子を叱る。
 ノヴァは一瞬泣きそうな顔をしたが、約束は約束だ。わかったと頷いた。
 再び地面に下ろされたノヴァは、壁に隠れこっそりと厩舎の中を覗いた。
 するとそこにはやはりエリーシャと……エリーシャにフンフンと顔を近づけるいけすかない白い馬がいた。

 「相当姫様のことが好きみたいだ」

 ついでにラウルもいる。だがそれどころじゃない。
 エリーシャは白馬の首を抱き締めるようにしながら身体をナデナデしている。
 ノヴァの全身の血が沸騰し、逆流を始めた。
 生まれて初めて感じる激しい嫉妬。だがしかし、それはノヴァだけのことではなかった。
 後方からメキョッとおかしな音がしたと思ったら、そこには大きな木の幹を握り潰しながら震え立つ父の姿が。
 目の前の光景に驚愕する二頭の竜は、仲良く首を揃えてもう一度厩舎の中を覗く。
 するといけすかない白馬は二頭の気配に気づいたのかこちらを見ていた。そして目が合った瞬間【へっ】と小馬鹿にしたように笑ったのだ。

 「「!!!!!!!!!!!!」」

 白馬はわざとエリーシャに顔を近づけ、見せつけてきた。今にも飛び込もうと鼻息荒い二頭だったが、エリーシャがこれでもかと白馬を可愛がっているのでできなかった。

 「本当にいい子ねレックス。また乗せてくれる?」

 「ヒヒィィン!」

 (乗った?乗ったの?そいつに!?)
 これにノヴァ以上のショックを受けたノエル。顔が青ざめ後ろに倒れそうになった父に慌てたノヴァ。後ろ髪を引かれる思いだったが、今日のところはひとまず帰ろうと父を促した。
 ヨロヨロフラフラと先ほど降り立った場所までなんとか移動し、ノヴァは再び父の背に乗った。
 だが帰路につく間、冷静になった二人は湧き上がる怒りに燃えていた。
 そして、いつかあのいけすかない馬と命の取り合いをすることになるだろう。
 ((負けてたまるか……!!))
 父と息子はいつかくるその日に備え、団結することを強く心に誓ったのだった。
 
 


 
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