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外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編
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しおりを挟む青空の下、初めて食べる露店のご飯は今まで食べたどんな物よりも美味しく感じた。
「喉が乾いたでしょう?ちょっと待っててください」
ラウルは直ぐ側にあった飲み物を売っているお店で、ミルクのようでいて、ピンク色をした不思議な飲み物を買ってきてくれた。よく見るとなにかの果肉なのか、赤い粒のようなものが混じって見える。
差し出されて手に取ると、とても冷たい。
冷たい飲み物は身体を冷やすからと言われ、これまで飲んだことのないエリーシャ。しかしせっかくラウルが買ってきてくれたのだ。
(これは、飲まないわけにはいかないわ)
しばらく飲み物とにらめっこをし、恐る恐る口をつけた。
「どうですか?女性に一番人気だというのでそれにしたんですが」
「す、す、すごく美味しいです!こんなに美味しい飲み物があるなんて!」
「凍らせた果実を砕いてミルクに混ぜたものだそうですよ」
「信じられない……みんな、こんなに美味しいものを毎日口にしてるなんて」
食べ物だけじゃない。街行く人たちは皆が笑顔で、あちこちから幸せな音が聞こえてくる。皆が日々を懸命に生きていて、フィランとラウル、そして騎士団員たち全員がその幸せを守るために命をかけているのだ。
それに比べて自分は毎日なにをしているのだろう。
「……フィランはこういうところには連れてこないのですか?」
「フィーは……いえ、フィラン様は……私が身体が弱いから、あまり外に出ることをよくは思っていないみたいで……。ですが、たまにノエルに乗って別荘に連れて行ったりしてくれます」
思い返せば想いが通じたばかりの頃は、とにかくよく熱を出して寝込んでいた。フィランは竜と同じ。番を亡くすことをなによりも恐れている。だから過保護なのも仕方ないと思ってきた。
だがフィランは過保護なだけじゃ済まなかった。エリーシャが人目に触れるのも嫌がるのだ。自分の目にはフィランしか映っていないというのに、なにがそんなに不安なのかとずっと不思議だった。
むしろ心配だったのはエリーシャの方で、今回それが現実になってしまった。
「姫様にはなにか望むことはないのですか」
「望むこと……?」
そんなの考えたこともなかった。
ずっとずっと、小さな頃からフィランだけを見つめてきた。フィランに触れてもらえるのなら、例えその日に人生が終わったとしても後悔はないと思って生きてきた。
フィランがエリーシャの生きる希望で、すべてだった。
二人でいられればそれだけで幸せで、これ以上なにかを望むなんてしてはいけないと。
「今日ここに来てみて、見ない方がよかったと思いますか?人々の暮らしや、笑顔を」
「いいえ。そうは思いません」
自分にもなにかできることはないのだろうか。きっと大したことはできないだろうが、それでも王族に生まれ、その恩恵の元に生きてきた自分が民に返せるものはないだろうか。そんな思いが今、エリーシャの中で生まれていたのだった。
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