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外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編
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しおりを挟むここは夢の国かなにかだろうか。それとも国を挙げてのお祭り騒ぎ?
街のあちこちにフラッグガーランドが掛かり、その上を白い鳩が飛んで行く。
舗装された道の両端には露店がズラリと並び、美味しそうな匂いが辺り一面に漂っていた。
「ラ、ラウル様!今日はなにか特別な日なのですか!?」
「いいえ。いつもと同じ、なんてことのない普通の日です」
「これがなんてことのない普通の日!?」
口をあんぐりと開けて驚くエリーシャに、ラウルは笑う。
「姫様、お腹は空きませんか?」
そういえば、朝からあの騒ぎだったのでなにも口にしていない。気づいた途端、お腹が小さくきゅう、と鳴いた。
恥ずかしげにお腹に手をあてたエリーシャを、ラウルはある露天の前に連れて行った。
店頭にはこんがりと焼き目のついた、大きな肉の塊が吊るされている。
「おや!団長じゃないか……って、今日は女性連れかよ!」
二人は馴染みなのか、店主と思しき恰幅のいい男性は、ラウルの隣に立つエリーシャに目を見開いた。
「おいおい、硬派な騎士団長もついに身を固める気になったってか!?まあ、これほどの美女を望んでいたっていうのなら、今まで独りでいたのも納得だ!」
「喋ってばかりいないで、いつものを二つ頼むよ。一つは量少なめにしてくれ」
「おいおい、彼女の食べる量まで気にするなんて、こりゃ本気で骨抜きにされちまったな!?」
ラウルは呆れ顔で笑い、エリーシャに向かって【いつものことなんです。すみません】と謝った。
店主は鼻歌を歌いながら鮮やかな手つきで、薄く焼いた生地の中に切り落とした肉と野菜を挟んでいく。最後に調味料をかけると包み紙にくるんで渡してくれた。
「まだ熱いから俺が持ちましょう」
二人分受け取ったラウルは代金を支払ったあと店主に礼を言い、少し先にある噴水広場にエリーシャを案内した。
空いているベンチを見つけ、二人並んで腰を下ろす。
「さあ、どうぞ」
渡された包みはまだとても温かく、焼いた肉の芳ばしい香りが立ち上っている。
「あ、あの、すみません!」
「どうしました?」
「私、なにも持ち合わせていなくて……」
ラウルが懐から財布を出して支払いをしていた時、エリーシャはハッとした。
ここは城の中とは違って、なにを口にするにも対価が必要なのだと。だが例え金銭を持っていたとしても使い方がわからない。
なんて世間知らずなのだろう。恥ずかしい。そんな気持ちに襲われた。
しかしラウルはそんなエリーシャを明るく笑い飛ばした。
「ははっ、こんなに年下の女性に支払わせるなんて男じゃありませんよ。それに、無理にお誘いしたのは俺の方ですから、気にしないでください」
「そうですか……?」
「ええ。そんなことよりも俺は、それが姫様の口に合うかどうかが気になります」
ラウルは自身の手に持っていた、さきほど買った食べ物を勢いよくがぶりと頬張った。
そんなに大きく口を開けて食べるものなのか。普通ならマナー違反だが、ラウルとて公爵家の人間だ。知っていてあえてそうするということは……
(きっと、ここではそういう食べ方をするものなのね)
なにも知らない自分のために、先に食べて教えてくれたのだろう。
エリーシャも思い切って大きな口を開け、ぱくりとかぶりついた。
口に入れた瞬間、柔らかな肉がホロリと崩れ肉汁が広がった。少し酸味のある調味料が絡む新鮮な野菜が、肉のこってりとした脂を抑えてくれて食べやすい。
「美味しい……!!」
「よかった!あの親父さん、うるさいんだけど飯は美味いんだ!」
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