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外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編
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しおりを挟むさすが乗り慣れている。ラウルはひらりと難なく馬の背に乗り、エリーシャに向かって手を差し出した。
「どうぞ」
どうぞと言われてもどうやって乗ればいいのかわからない。とりあえず差し出された手に自分の手を乗せると、空いている方のラウルの腕がエリーシャの背を抱くように回り、次の瞬間身体がふわりと宙に浮いた。
「えっ!?」
浮遊感に恐怖を感じる暇もなかった。
気づくとあっという間に馬の背に乗せられていたのだ。
「では出発しましょう。レックス、頼んだぞ」
フン、と鼻から息を吐き、レックスは軽快に走り出した。
「わあ……!」
普段の目線から見える景色と全然違う。エリーシャの髪をなびかせる風がとても心地良い。
「姫様、怖くはありませんか?」
「大丈夫です!それに、こんなに乗り心地がいいなんて思いませんでした。もっと上下に揺れて、痛いものだと」
「ああ、それは多分こいつだからですよ。レックスは走り方に癖がなくて、反動もほとんどない。それになにより姫様を好きみたいだ」
「私を?本当ですか?」
「馬とはいえ男ですからね。いつもより丁寧に走ってる気がしますよ」
「優しいのねレックス。ありがとう」
それにしても、成り行きでほいほいとついて来てしまったが、よく考えるとこの状況はどうなのだ。
ラウルの大きな身体に後ろからすっぽりと包まれて二人駆けをして……
(まるでフィーとノエルの背に乗っている時のようだわ)
フィランの細身だが鍛えられた身体とはまた違う、厚みのある筋肉質な身体。
なんだが変に胸が騒ぐ。エリーシャはそれ以上考えないように、目の前の景色に意識を集中した。
しばらく走ると街が見えてきた。
ラウルは旅人用に設けられた時間貸しの厩舎にレックスを預け、エリーシャと街の中へ入った。
「……すみません。まさかレックスがあれほど暴れるとは」
別れ際、レックスは離れて行くエリーシャに向かって突進しようと、馬番の男を手綱ごと振り回して暴れたのだ。
しかし慌てたエリーシャが駆け寄り【どうしたの?すぐ帰ってくるから大丈夫よ】と首に抱きついて擦ったところ、【ヒイィィイン……】と大人しくなった。
「いいえ。でもレックスったら、もしかして不安だったのでしょうか?」
「いえ、それはありません。絶対に」
「?」
ならどうしてなのだろう。竜の気持ちはわかるのに、馬の気持ちはさっぱりわからない。エリーシャはまだまだ勉強が足りないなと思った。
街は賑やかで、あちこちに露店が出ていた。
そして目の前に広がる初めての光景に、エリーシャの目は釘付けになったのだった。
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