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外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編
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しおりを挟むそして邸内の混乱が冷めやらぬ中、バラデュール公爵家の諜報員は王城へ向けて立った。
自分の家に諜報員が差し向けられたというのに、なにも言わず……というよりむしろ応援する気持ちで送り出すのもどうなのかと思ったが、背に腹は代えられない。エリーシャも詳しい事情が知りたかったのだ。
本来ならフィランから聞くのが一番いいのだろうが、きっと彼は彼自身の主観と感情で語るだろう。エリーシャは、フィランにまだ気持ちがあるからこそ、それを冷静に聞いて判断する自信がなかった。だから今は、客観的な事実を知れる機会を与えてくれた夫人に心から感謝していた。
「あとは待つだけですわ。姫様、その間になにかしたいことなどはございますか?」
「したいこと……?」
「どうせあのルクレールの息子のことだから、気の利いた逢瀬なんかもされたことがないのでは?」
まただ。夫人は、なぜだかわからないがやけにフィランの実家につっかかるような物言いをする。やはり仲が悪いのだろうか。
「街歩きや食事、夜景を見たりとか、姫様の年頃のお嬢さんたちが一度は経験するようなことをこの際ですからしてみるのはいかがでしょう?もちろんうちの息子がお相手しますわ。ね、ラウル」
「ラウル様が?いえ、こんなご迷惑をかけたあとですし、まだやることがたくさんありますよね、ラウル様」
同意を求めるようにラウルを見ると、意外な返事が返ってきた。
「いえ、姫様が疲れていないのなら……少しお待ちいただけますか?着替えてきます」
「え?」
そしてラウルは邸宅へと入っていったのだ。
「うふふ、さあ、姫様も着替えましょうか」
「着替え、ですか?」
着替えならさっきしたばかりだが?エリーシャが不思議そうに首を傾ける。すると夫人は少し眉を上げたあと、得心したとばかりに頷いた。
「街歩きをするには動きやすい服装がよろしいのです。ドレスしかお召しになったことのない姫様には初めての経験ということになりますわね。これは気合いが入りますわ!」
夫人は力強く拳を握る。血管が浮き出ているあたり、やる気が漲りすぎていて少し怖い。
そして付け加えるならば、ドレス以外に修道服なら着たことがある。訳ありだが。
そして鼻息荒い夫人に連れられて、エリーシャも邸内へと戻ったのだった。
一時間ほどして、すっかり“街歩きをする少しいいところのお嬢さん風”に仕上がったエリーシャは、公爵邸の正門に案内された。
「姫様……!」
待っていたのはこれまた少しいいところのお坊ちゃま風に仕上がったラウル。
エリーシャの姿を見て目を見開き、なんだか恥ずかしそうに俯いてしまった。
「あ、あの……夫人が選んでくださったのですが、どこか変だったでしょうか……?」
薄紫色で、胸元に控えめなリボンがついているワンピース。エリーシャにとって初めての軽装は思っていたよりもずっと素敵で可愛いものだった。それにとても動きやすい。
「……いえ、とてもよくお似合いです」
口元に手をあて、やはりラウルは視線を合わさない。
(やっぱり似合ってないのね)
だがせっかく気を遣ってくれているのだ。その気持ちを無下にしてはいけない。エリーシャは素直に礼を述べた。
ラウルは門の近くに繋がれている馬を指差した。街まで馬で行くのだという。てっきり馬車で行くものだと思っていたエリーシャは少し驚いたが、それよりも待っている馬に興味が湧いた。透き通る目をした真っ白な毛並みの美しい馬だった。
エリーシャはゆっくり近づいて挨拶をする。
「初めまして。私はエリーシャよ。今日はよろしくね」
声を掛けながら優しく首元を撫でてやると、馬はスンスンとエリーシャに鼻を近づけ顔を擦り寄せた。
それを見たラウルは思わず口を開く。
「驚いた。こいつの名前はレックスです。とてもいい馬なんですが、名前の通り気位が高い奴で……ですがこの様子だときっと姫様を大切に乗せてくれるはずです」
「よろしくね、レックス。私、馬に乗るの初めてなの」
エリーシャとレックスが親交を深めている頃。
王城の竜舎では、ノエルとノヴァがなにやら嫌なものを感じ、くしゃみをしていた。
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