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外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編

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 「どうしましょう……こんなに下手くそで本当にごめんなさい……」

 エリーシャは今、自身の才能のなさに絶望していた。

 「いいえ!!姫様に処置していただけるなんて俺、感動してます!!もう治ってます!絶対」

 エリーシャとは反対に、その騎士団員は感激した様子で、処置が施された自身の腕を見ていた。
 包帯を巻かれすぎて大砲のように膨らんだ腕を……

 フィランがノエルに強制連行されてから、バラデュール公爵邸はさながら野戦病院の様相を呈していた。
 最初は申し訳なさにオロオロするエリーシャだったが、家人たちにとってこのようなことは日常茶飯事なようで、バラデュール公爵夫人はもとより淑やかそうな侍女に至るまでが、あちこちに散らばる団員たちをヒョイヒョイと手早く回収していた。
 さすがに男性を引きずる力のないエリーシャは、せめてものお詫びにと傷の手当てを買って出たのだが、いかんせん初めてのことなのでこの有様だ。
 しかし公爵邸の使用人たちは、明らかに下手くそなその様子に呆れるどころか、汚れることも厭わずに手伝ってくれるエリーシャに感謝してくれた。

 「傷口に怯まず手当てができれば上出来ですよ。まったくこの子たちときたら、たった一人にここまでこてんぱんにやられるなんて本当に情けない!」

 不甲斐ないと団員たちのお尻を叩いて回るバラデュール公爵夫人は、まるでここにいる全員の母親代わりのようだった。
 そして母親に叱られたみんなは恥ずかしそうに苦笑いしている。さっきまで激しい戦闘が行われていたのが嘘のような優しい時間が流れていた。
 ようやく一息ついた頃、夫人はエリーシャをお茶に誘った。
 庭園の隅に追いやられたテーブルに二人向かい合って腰を下ろす。

 「……本当に申し訳ありません。私が考えなしに飛び出してきてしまったせいで、公爵邸と団員の皆さまに大変なご迷惑をおかけしてしまって……」

 項垂れるエリーシャだったが、夫人は明るい声で暗い雰囲気を吹き飛ばした。

 「こんなのいつものことですわ。気にしてたらこの家では生きていけません」

 「ですが……」

 「大丈夫ですよ。屋敷の修理代は竜騎士団に請求しますから。ただで建て替えられるなんて最高ですわ!」

 「まあ……!うふふ」

 あまりにあっけらかんと言うものだから、不謹慎とは思いつつもつい笑ってしまった。
 その時、屋敷の中から数名の侍女が、両手に大きなヤカンを抱えて出てくるのが夫人の背後に見えた。
 どうやら団員たちにもお茶を振る舞うようだ。
 エリーシャの前にも湯気を立てた珍しい香りのお茶が置かれた。一見ミルクティーのように見えるのだが、なんともスパイシーな香りが漂っている。

 「疲れた時はこれですわ。どうぞ召し上がってくださいませ」

 夫人は、きっとわざとだろう、ぐいっとカップを傾けてお茶を喉に流し込んだ。
 
 「たくさん働いたら喉が乾きましたわね」

 にっこりと笑う笑顔はどことなくラウルに似ていた。エリーシャは、自分に気を遣わせまいとしてくれた夫人の心遣いに答えるように、コクコクとお茶を飲み干した。
 こってりとした甘みが身体中に染み渡る。
 
 「……もう何十年も前のことですけど、主人のもとに嫁いできた当時は、すぐさま離婚しようと思いましたわ」

 いきなりなんて重い話題なのだと思ったが、きっとこの騒ぎに通ずる話しなのだろう。
 
 「バラデュール公は確か、前騎士団長でいらっしゃったのですよね?」

 「ええ。ラウルは主人よりも幾分穏やかな性格なので大丈夫かと思っていたのですけど……やはり血は争えませんわね」

 夫人は大きなため息をついた。

 
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