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外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編
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しおりを挟むそれからエレンは頑張った。
赤子同然の状態となっていたフィランを風呂に浸からせて、砂と埃にまみれた髪と身体を優しく洗ってやった。
そこそこ裕福な伯爵家出身の彼は、入団を機に身の回りのことくらいは自分でするようになったが、入浴介助の経験などは皆無だ。
フィランの、同性の胸をも騒がす肉体美に惑わされぬよう己を鼓舞し、優しい言葉をかけながら懸命にお世話に励んだ。
身体が温まった頃合いで湯船から上がらせて、肌触りのいいガウンを着せてやる。黙ったまま言うことを聞いてくれるので早く済んだ。そして次に、近くに置いてあった椅子に座らせて、美しい銀糸のような髪を一房ずつ手に取り、ポンポンと拭き布で挟みながら水分を抜いていく。
「……姫様はどうされたのですか?」
さっきよりは落ち着いた表情を見せているフィランに思い切って聞いてみる。すると、うっかりすれば聞き逃しそうなほど小さな声が返ってきた。
「……ラウルの元にいる……」
「えっ!?ラウル団長のところですか!?でも……あぁ、そういうことか……」
なぜいきなり騎士団が訓練に出掛けたのか、これで合点がいった。
おそらく訓練の場所は郊外にあるバラデュール公爵邸で、相手はフィランだったのだろう。朝まで彼らを相手に戦っていたというのなら、これだけボロボロになって帰ってきたのも納得がいく。
フィランの手により一度死ぬ目にあっているエレンは、今頃虫の息だろう騎士団員たちに、心の底から同情した。
(でもフィラン団長と戦うよう指示を出したのはラウル団長なんだよな……)
部下思いの懐が深い上司だと思っていたのだが、存外ひどいことをするもんだとエレンは心の中で呟いた。
「それで、姫様にはお会いすることができたのですか?」
エレンの問いに、少しの間をおいたあと、フィランは再び涙を流した。
「……姫は帰れと……私の話など聞きたくないと……」
「え……」
これにはエレンも衝撃を受けた。まさかあの優しいエリーシャがそんなことを言うなんて。
しかしそこも自分たちが反省すべき点なのだ。エリーシャならきっと許してくれるはず。
呑気にそう思っていた自分たちは、きっとこれまで彼女の優しさに甘え過ぎていたのだ。
「あの……団長、エレン様」
湯殿の支度に奔走してくれたルカが、部屋の真ん中に置かれた仕切りの向こう側から、遠慮がちに声を掛けてきた。
「どうしたルカ。団長ならもう上がられてるぞ」
「そ、そうですか。あの……実は今カサンドラ姫様が屯所の方においでになって……団長と話しがしたいと申されてます。……どうしましょう?」
「カサンドラ姫が?」
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(エリーシャ姫様はあんなに苦しんだのに)
なんだか不公平だ。エレンの胸中は複雑だった。
「……団長、どうされますか?」
黙ったままのフィランの横顔を覗き見ると、彼は静かに真っ直ぐ前を向いていた。
「……私も彼女と話さなければならないことがある。待たせておいてくれ」
フィランは立ち上がり、ルカの用意した着替えを身に着け始めた。
その表情からは、彼の感情を読み取ることはできなかった。
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