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外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編
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しおりを挟む竜騎士団を率いるフィラン・ルクレールは、団員たちの憧れだった。
男でも見惚れるような美貌の騎士は、ひとたび戦場に出るとまるで竜の化身のごとく神々しく、そして強かった。
若くして団長位に就いた彼だったが、どんな時も偉ぶることはなく、団員たちには常に公平に接するその姿に皆が信頼を寄せた。
そして口下手で不器用なフィランがエリーシャの心を射止めた時は、思い出したくもないほどとんでもない目にあわされたが、それでもみんなが諸手を挙げて祝福したものだ。
あんなに美しく清らかな方の心を掴むとは。やはり我らのフィラン団長だ。この先もずっとついていこうと。
……だがまさか、尊敬する団長が心神喪失の状態で自身の騎竜に咥えられて帰城し、唾液でべっちょべちょになったまま土の上に放り出されるなどと、一体誰が予想できただろう。
銀の鱗をきらめかせ、見守る団員たちの前に優雅に降り立ったノエルは、無情にも咥えていたフィランを地面を転がすように放り投げた。
すると、あとは知らんとばかりにさっさと竜舎へと戻っていったのだ。
「……あれはノエルも相当怒ってる……いや、呆れてるのか?」
ドシンドシンと、地を踏み鳴らしながら歩くノエルの後ろ姿を見つめながらカイが呟く。
初めて見るその姿に団員たちは驚きを隠せない。なぜならフィランとノエルはいつだって最高で最強の相棒だったから。
しかし、なぜノエルがそこまでフィランをぞんざいに扱うのか、団員たちにはなんとなく思い当たるふしがある。
もちろんノエルはエリーシャのために怒っているのだろうが、エリーシャはなんとなく今は亡きノエルの番を連想させるのだ。
ロサという、細身の美しい竜だった。それに性格も大人しく控えめで、とても優しい子だった。
身重のロサを残し、遠征に行くノエルをいつも切なそうに見送っていた健気なその姿は、フィランを見送るエリーシャにそっくりだった。
「ノエルは、ロサの忘れ形見のノヴァをエリーシャ姫に救ってもらった恩もある。今回のことはカサンドラ姫のせいもあるけど……それでも納得できないんだろうな」
カイの言葉に団員たちはうんうんと頷き合った。
そして唾液まみれのフィランをどうしたものか。その時、悩み果てた団員たちの目は、一斉にエレンへと向けられた。
「お、俺!?」
フィランがエリーシャに宛てた手紙をカサンドラにあっさり渡してしまったエレンは、現在同僚から叱られまくり、非常に肩身の狭い思いをしていた。
ゴクリ。エレンは唾を飲み込み、転がるフィランに近づいた。
(い、生きてる?でも目は開いてるな……)
「だ、団長?フィラン団長?大丈夫ですか?おーい」
恐る恐る近づき、話しかけるが反応はない。
しかし次の瞬間エレンは見てしまった。
フィランの瞳から流れる一筋の涙を。
(こりゃイカン!!)
緊急事態だ。そう感じたエレンは、唾液で汚れることもいとわずにフィランを担ぎ上げた。
「「おおっ!!」」
エレンの男気に団員たちがどよめく。
「ルカ!!」
「は、はいっ!」
「とにかく風呂!風呂の用意を頼む!」
「わ、わかりました!」
そしてエレンはルカと共に屯所の浴場へと向かって激走した。
「……リシャ……」
道の途中、力なく発せられたフィランの声は、番を亡くした時のノエルの悲鳴によく似ていた。
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