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外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編
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フィランと直接剣を交えるのは初めてだったが、その予想以上の実力にラウルは苛立っていた。
いや、苛立つのは剣の腕だけのことではない。本当はずっと腹立たしく思っていたのだ。
国王陛下が溺愛してやまないという病弱な三の姫エリーシャ。塔から一歩も出ずに暮らすその姫のことをラウルは名前しか知らなかった。だからオムニブス修道院を巻き込んだあの騒動の後、初めて彼女を見たときは言葉を失ってしまった。まさかあんなに美しく愛らしい人がこの世に存在していたなんて。
聞けばエリーシャ姫とフィランは、長い間お互いを想い合っていたのだというではないか。
本音を言えば気落ちした。しかし相思相愛の二人を祝福する気持ちに嘘偽りもなかった。
だってエリーシャはフィランを愛していて、あの唐変木のフィランも姫を愛しているというのだ。絵に書いたような幸福な二人を邪魔しようなんて気は、ラウルにはこれっぽっちもなかった。
フィランの愛に包まれて、エリーシャはどんどん健康になっていった。屯所周りを散歩する彼女は騎士団員全員の憧れだった。
『ラウル様ー!』
偶然を装って現れるラウルに屈託のない笑顔を向け、名前を呼んでくれた。
それだけで十分……ただそれだけで十分だった。なのにそう思えなくなったのはフィランのせいだ。
ずっと見つめていたからわかる。エリーシャがなにに悩み、苦しんでいたのか。
だがそれでも弱った心につけこむような卑怯な真似はしたくない。黙って見守るつもりだったのに……
「お前の負けだ」
目の前に剣を突き付けられたラウル。
だがここで引くという選択肢はなかった。
(らしくないが、足掻いてみるか)
再び剣を握る手に力を込めたその時だった。
「やめてーっ!」
予想もしなかった人物の声に、フィランもラウルも声のした方へ顔を向ける。
「リシャ!!」
「姫!!」
二人が叫んだのはほぼ同時だった。
桃色がかった金の髪を揺らしながら、こちらへ向かって走って来るエリーシャ。フィランは剣を投げ捨てて駆け出した。
しかしエリーシャはフィランの横をすり抜けて、地面に倒れているラウルの元へと駆け寄った。
「ああ……なんてこと……!私のせいでこんな……!」
エリーシャは、今にも泣き出しそうな顔でラウルの上半身を起こした。
「リ、リシャ……」
フィランはその様子を驚愕の表情で見つめている。
「どうして……どうしてこんな酷いことを……ラウル様は行くあてのない私に手を差し伸べてくださっただけなのに……!」
その瞳には涙が浮かんでいる。
「リシャ!すべては誤解なんです!私の話を聞いてください!」
「……聞きたくありません」
「リシャ!?」
「帰ってください……帰って!あなたの話なんて聞きたくありません!」
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