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外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編
22
しおりを挟む朝方。それはそれは凄惨な状況となったバラデュール公爵邸の庭園に、訓練着姿のラウルが姿を現した。
「おーおー、これはまた派手にやってくれたな。なんだ、ほぼ全滅じゃないか」
ボロ布のようにくたびれて折り重なる屍(注・一応生存)の中には、朝方到着したはずの本隊の顔ぶれもちらほら見える。
一晩中、これだけの人数を相手にしたのだ。さすがにフィランも参っているだろうと思ったラウルだったが、その考えは甘かったようだ。
少し離れたところで噴水のように次々と宙に舞い上がる騎士たちが見える。その近くには宙を舞う騎士たちの冥福を祈るかのように目を閉じるノエルの姿も。おそらくフィランが中心にいるはずだ。
ノエルの背に乗り空から攻撃し、あらかた片付いた頃合いで地上戦に入ったのだろう。
「だ、団長……」
ラウルの足元で、虫の息の部下が必死に声を絞り出す。
「お前たち、これだけの人数がいてこのザマは一体なんだ」
呆れるように言うと、大の大人であるその団員はメソメソと静かに泣き出した。
「無理に決まってますよ。フィラン団長は最年少で団長職に就いた異例の天才騎士ですよ?」
「そんなことは百も承知だよ」
「ならどうして……我々なんかじゃとても相手にならないことくらい、最初からわかってるじゃないですか」
「……さすがにお前らならもう少しくらいなんとかなると思ったんだけどな」
空中からの攻撃には敵わなくても、地上に下ろすことさえできれば多少は戦えるだろうと思っていた。
ラウルはそこで会話を切り、大きく深呼吸した。すると前方で戦っていた騎士たちが一斉に四方へ吹っ飛んだ。土埃があたり一面を覆う。
ラウルは剣を抜き、構える。
(来る!)
まだ収まらぬ土埃の向こうから、こちらへ向かって凄まじい速度で迫ってくる足音。ラウルの目がその輪郭を捉えた時には、もうフィランはすぐ目の前に迫っていた。
「っ……!!」
頭上に振り下ろされた剣をすんでのところで受け止める。細身のフィランからは考えられないような重い一撃に、身体を支える後ろ足が痛みを伴って軋んだ。
「……リシャを返せ、ラウル」
「姫はお前のものじゃない。姫が望まない限り、俺はあの方をお前には絶対に渡さない……!」
二人の間に漂う緊迫した空気に、近寄ることも声を掛けることもできない。
かろうじて生き残った騎士団員たちは、二人の戦いをただ見守ることしかできなかった……
***
「まぁぁ!なんて可愛らしいのでしょう!」
ラウルの母、バラデュール公爵夫人は、自身が用意したドレスに袖を通したエリーシャの姿を見て頬を紅潮させた。
「突然お邪魔した上にこんな素敵な着替えまで用意していただいて……本当に申し訳ありません」
目の前に用意されたドレスの数々に、エリーシャはひたすらに恐縮していた。
ラウルに渡された特製耳栓のおかげでぐっすり眠れたエリーシャ。昨夜は公爵家の方々に挨拶もできなかったので、急ぎ支度をしようとしていたところ、ラウルの母バラデュール公爵夫人がやってきた。
夫人は初対面で、加えて深夜急に訪問するという無礼な振る舞いをしてしまったエリーシャに、心からの笑顔を見せてくれた。
「そんなこと気になさらないでくださいませ!まさかあのラウルがこんなに美しい方を連れてくるなんて!」
連れてきたのではなくエリーシャが押しかけてしまったのだが、夫人にはそんなことはどうでもいいみたいだ。
「美しいなんてそんな……ラウル様ほどの方でしたら女性からのお誘いが多すぎて困っていらっしゃるのではありませんか?」
すると夫人はしかめっ面で首を横に振る。
大貴族のご婦人らしからぬ素直な感情表現にエリーシャは驚いたが、もしかしたらラウルのおおらかな気質は夫人譲りなのかもしれないと思った。
「確かにお誘いならたくさんいただいているのですが……あの子にはその気がまったくなくて。もう主人も私も諦めていたのですけれど、まさかエリーシャ様ほどの方を望んでいただなんて。あの子ったら、きっと今まで気持ちを言えずにいたのでしょうね」
「そ、それは誤解です!ラウル様は行くあてのない私を助けてくださっただけで……あ!」
しまった。無断で城を出てきたなんてどう説明すればいいのか。
(それに、私を匿ったことが知れたらご迷惑をおかけしてしまうかも……)
しかし夫人はエリーシャの発言に特に慌てることもなく、穏やかに微笑んだ。
「もしよろしければ話していただけませんか?大丈夫。決して他言致しません」
エリーシャは迷ったが、迷惑を掛けられた夫人には知る権利があると思い、これまでの経緯を説明した。
「……それはつらい思いをされたのですね……ルクレールの家のバカ息子……いえ、フィラン殿ったら許せませんわ」
なにやら聞き捨てならない一文が聞こえたのは気のせいではない。
(ルクレールの家のバカ息子?)
フィランの生家ルクレール侯爵家とラウルの生家は仲が悪いのだろうか。
けれど普段の二人からはそんな様子は窺えない。
夫人は俯き、しばらくなにか考えていたが、やがて覚悟を決めたように顔を上げた。
「エリーシャ様はまだフィラン殿と正式に婚約された訳ではないのですよね?」
「え?ええ……」
しかしながら住まいを共にしているのだから事実婚に近い状態ではある。
(でも……)
婚約式を行わないのはフィランなりにエリーシャの身体を気遣ってのことなのだろうが、そういえば婚約のことだけじゃなく指輪もまだ貰っていない。
でもそんなこと気にならなかった。
フィランは叶わぬはずだったエリーシャの想いを叶えてくれて、ずっとそばにいてくれた。それだけでこの上ない贅沢で幸せのはず。
胸がズキリと痛む。
やっぱり黙っていれば……見て見ぬふりをすればよかったのだろうか。
自分さえ我慢すれば、周りに迷惑を掛けることも、嫌な思いをさせることもなかったかもしれないのに。
「エリーシャ様!このまま我が家にいてくださいませ!」
夫人は身を乗り出し、エリーシャの手を両手で握った。
「え!?で、でもそんな訳には……」
「うちは大歓迎です!陛下には急いで連絡しますから」
家出は二回目だが、きっとまた心配しているだろう。滞在するかどうかは別として、夫人の心遣いにお礼を言おうと口を開いた瞬間だった。
「!?」
庭の方から凄まじい轟音が響き、思わず顔を向けると窓の外は土埃でなにも見えない。
もしかしてまだ訓練をしているのだろうか。
「ちょっと失礼します!」
外の様子が気になったエリーシャが窓辺に近寄って目を凝らすと、なんとそこには地面に倒れ込むラウルに向かって剣を突き付けているフィランがいた。
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