上 下
82 / 121
外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編

22

しおりを挟む





 朝方。それはそれは凄惨な状況となったバラデュール公爵邸の庭園に、訓練着姿のラウルが姿を現した。

 「おーおー、これはまた派手にやってくれたな。なんだ、ほぼ全滅じゃないか」

 ボロ布のようにくたびれて折り重なる屍(注・一応生存)の中には、朝方到着したはずの本隊の顔ぶれもちらほら見える。
 一晩中、これだけの人数を相手にしたのだ。さすがにフィランも参っているだろうと思ったラウルだったが、その考えは甘かったようだ。
 少し離れたところで噴水のように次々と宙に舞い上がる騎士たちが見える。その近くには宙を舞う騎士たちの冥福を祈るかのように目を閉じるノエルの姿も。おそらくフィランが中心にいるはずだ。
 ノエルの背に乗り空から攻撃し、あらかた片付いた頃合いで地上戦に入ったのだろう。

 「だ、団長……」

 ラウルの足元で、虫の息の部下が必死に声を絞り出す。

 「お前たち、これだけの人数がいてこのザマは一体なんだ」

 呆れるように言うと、大の大人であるその団員はメソメソと静かに泣き出した。

 「無理に決まってますよ。フィラン団長は最年少で団長職に就いた異例の天才騎士ですよ?」

 「そんなことは百も承知だよ」

 「ならどうして……我々なんかじゃとても相手にならないことくらい、最初からわかってるじゃないですか」

 「……さすがにお前らならもう少しくらいなんとかなると思ったんだけどな」

 空中からの攻撃には敵わなくても、地上に下ろすことさえできれば多少は戦えるだろうと思っていた。
 ラウルはそこで会話を切り、大きく深呼吸した。すると前方で戦っていた騎士たちが一斉に四方へ吹っ飛んだ。土埃があたり一面を覆う。
 ラウルは剣を抜き、構える。
 (来る!)
 まだ収まらぬ土埃の向こうから、こちらへ向かって凄まじい速度で迫ってくる足音。ラウルの目がその輪郭を捉えた時には、もうフィランはすぐ目の前に迫っていた。

 「っ……!!」

 頭上に振り下ろされた剣をすんでのところで受け止める。細身のフィランからは考えられないような重い一撃に、身体を支える後ろ足が痛みを伴って軋んだ。

 「……リシャを返せ、ラウル」

 「姫はお前のものじゃない。姫が望まない限り、俺はあの方をお前には絶対に渡さない……!」

 二人の間に漂う緊迫した空気に、近寄ることも声を掛けることもできない。
 かろうじて生き残った騎士団員たちは、二人の戦いをただ見守ることしかできなかった……

 
 ***


 「まぁぁ!なんて可愛らしいのでしょう!」

 ラウルの母、バラデュール公爵夫人は、自身が用意したドレスに袖を通したエリーシャの姿を見て頬を紅潮させた。

 「突然お邪魔した上にこんな素敵な着替えまで用意していただいて……本当に申し訳ありません」

 目の前に用意されたドレスの数々に、エリーシャはひたすらに恐縮していた。
 ラウルに渡された特製耳栓のおかげでぐっすり眠れたエリーシャ。昨夜は公爵家の方々に挨拶もできなかったので、急ぎ支度をしようとしていたところ、ラウルの母バラデュール公爵夫人がやってきた。
 夫人は初対面で、加えて深夜急に訪問するという無礼な振る舞いをしてしまったエリーシャに、心からの笑顔を見せてくれた。

 「そんなこと気になさらないでくださいませ!まさかあのラウルがこんなに美しい方を連れてくるなんて!」

 連れてきたのではなくエリーシャが押しかけてしまったのだが、夫人にはそんなことはどうでもいいみたいだ。

 「美しいなんてそんな……ラウル様ほどの方でしたら女性からのお誘いが多すぎて困っていらっしゃるのではありませんか?」

 すると夫人はしかめっ面で首を横に振る。
 大貴族のご婦人らしからぬ素直な感情表現にエリーシャは驚いたが、もしかしたらラウルのおおらかな気質は夫人譲りなのかもしれないと思った。

 「確かにお誘いならたくさんいただいているのですが……あの子にはその気がまったくなくて。もう主人も私も諦めていたのですけれど、まさかエリーシャ様ほどの方を望んでいただなんて。あの子ったら、きっと今まで気持ちを言えずにいたのでしょうね」

 「そ、それは誤解です!ラウル様は行くあてのない私を助けてくださっただけで……あ!」

 しまった。無断で城を出てきたなんてどう説明すればいいのか。
 (それに、私を匿ったことが知れたらご迷惑をおかけしてしまうかも……)
 しかし夫人はエリーシャの発言に特に慌てることもなく、穏やかに微笑んだ。

 「もしよろしければ話していただけませんか?大丈夫。決して他言致しません」

 エリーシャは迷ったが、迷惑を掛けられた夫人には知る権利があると思い、これまでの経緯を説明した。

 「……それはつらい思いをされたのですね……ルクレールの家のバカ息子……いえ、フィラン殿ったら許せませんわ」

 なにやら聞き捨てならない一文が聞こえたのは気のせいではない。
 (ルクレールの家のバカ息子?)
 フィランの生家ルクレール侯爵家とラウルの生家は仲が悪いのだろうか。
 けれど普段の二人からはそんな様子は窺えない。
 夫人は俯き、しばらくなにか考えていたが、やがて覚悟を決めたように顔を上げた。

 「エリーシャ様はまだフィラン殿と正式に婚約された訳ではないのですよね?」

 「え?ええ……」

 しかしながら住まいを共にしているのだから事実婚に近い状態ではある。
 (でも……)
 婚約式を行わないのはフィランなりにエリーシャの身体を気遣ってのことなのだろうが、そういえば婚約のことだけじゃなく指輪もまだ貰っていない。
 でもそんなこと気にならなかった。
 フィランは叶わぬはずだったエリーシャの想いを叶えてくれて、ずっとそばにいてくれた。それだけでこの上ない贅沢で幸せのはず。
 胸がズキリと痛む。
 やっぱり黙っていれば……見て見ぬふりをすればよかったのだろうか。
 自分さえ我慢すれば、周りに迷惑を掛けることも、嫌な思いをさせることもなかったかもしれないのに。
 
 「エリーシャ様!このまま我が家にいてくださいませ!」

 夫人は身を乗り出し、エリーシャの手を両手で握った。

 「え!?で、でもそんな訳には……」

 「うちは大歓迎です!陛下には急いで連絡しますから」

 家出は二回目だが、きっとまた心配しているだろう。滞在するかどうかは別として、夫人の心遣いにお礼を言おうと口を開いた瞬間だった。
 
 「!?」

 庭の方から凄まじい轟音が響き、思わず顔を向けると窓の外は土埃でなにも見えない。
 もしかしてまだ訓練をしているのだろうか。

 「ちょっと失礼します!」

 外の様子が気になったエリーシャが窓辺に近寄って目を凝らすと、なんとそこには地面に倒れ込むラウルに向かって剣を突き付けているフィランがいた。


 

 

 
 
 
 
 
 
 


しおりを挟む
感想 215

あなたにおすすめの小説

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

来世はあなたと結ばれませんように【再掲載】

倉世モナカ
恋愛
病弱だった私のために毎日昼夜問わず看病してくれた夫が過労により先に他界。私のせいで死んでしまった夫。来世は私なんかよりもっと素敵な女性と結ばれてほしい。それから私も後を追うようにこの世を去った。  時は来世に代わり、私は城に仕えるメイド、夫はそこに住んでいる王子へと転生していた。前世の記憶を持っている私は、夫だった王子と距離をとっていたが、あれよあれという間に彼が私に近づいてくる。それでも私はあなたとは結ばれませんから! 再投稿です。ご迷惑おかけします。 この作品は、カクヨム、小説家になろうにも掲載中。

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

妖精隠し

恋愛
誰からも愛される美しい姉のアリエッタと地味で両親からの関心がない妹のアーシェ。 4歳の頃から、屋敷の離れで忘れられた様に過ごすアーシェの側には人間離れした美しさを持つ男性フローが常にいる。 彼が何者で、何処から来ているのかアーシェは知らない。

私が妻です!

ミカン♬
恋愛
幼い頃のトラウマで男性が怖いエルシーは夫のヴァルと結婚して2年、まだ本当の夫婦には成っていない。 王都で一人暮らす夫から連絡が途絶えて2か月、エルシーは弟のような護衛レノを連れて夫の家に向かうと、愛人と赤子と暮らしていた。失意のエルシーを狙う従兄妹のオリバーに王都でも襲われる。その時に助けてくれた侯爵夫人にお世話になってエルシーは生まれ変わろうと決心する。 侯爵家に離婚届けにサインを求めて夫がやってきた。 そこに王宮騎士団の副団長エイダンが追いかけてきて、夫の様子がおかしくなるのだった。 世界観など全てフワっと設定です。サクっと終わります。 5/23 完結に状況の説明を書き足しました。申し訳ありません。 ★★★なろう様では最後に閑話をいれています。 脱字報告、応援して下さった皆様本当に有難うございました。 他のサイトにも投稿しています。

処理中です...