81 / 121
外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編
21
しおりを挟む「……なんだかお庭の方から凄い声がするのですが……」
バラデュール公爵邸内の客室で、急な訪問にも関わらず用意してもらった上質な寝間着に着替えたエリーシャが、様子を見に来たラウルに不思議そうに尋ねた。
「ああ、すみません。驚きますよね。戦いには朝も昼も夜も関係ありませんから、時々こうして夜間に戦闘訓練をするんですよ」
「まあ、皆さん大変ですね」
「いえいえ、ここ最近は大きな戦いとも無縁でしたからね。鈍った身体を鍛え直さないと」
しかし訓練にしては凄い叫び声だ。
実際に聞いたことはないのだが、まるで人が絶命する時に上げるような、本当に物凄い声がさっきからずっと響いている。
「朝方には本隊も到着するのでもっと騒がしくなるかもしれません。せっかく姫にいらして頂いたというのに申し訳ない」
「いいえ!ご無理をお願いしたのは私です。訓練は元々予定されていたのでしょう?本当に……ご迷惑をおかけして申し訳ありません。あの、ラウル様は訓練に参加されなくて大丈夫なのですか?」
ラウルは、庭から聞こえてくる絶叫とはまったく無縁の楽な夜着のままだ。
「俺はあいつらみたいに怠けてませんからね。朝方にでも顔を出しますよ」
「うふふ。ラウル様はいつも熱心に訓練を指導されてらっしゃいますもんね。私が屯所の周りを散歩するといつもお会いするくらいに」
「ええ……そうですね」
そう言って微笑むラウルの顔が、エリーシャには少しだけ寂しそうに見えた。
「今夜は泊めていただけて本当に助かりました……ですが、明日にはおいとまします」
「どこか行くあてはあるのですか?」
「いえ……ですが、オムニブス修道院にお世話になろうと思っています。事情を話せば院長先生もきっと数日くらいならおいて下さるでしょうから」
「でしたらここに!」
「え?」
身を乗り出すような勢いで、ラウルはエリーシャに訴えた。
「いえその……うちのことだったら気にしなくて大丈夫です。姫様が嫌でなければここに居て下さい。それに、警備の面でもここ以上に安全な場所はありません」
「けれど、それではやはりご迷惑では……」
「大丈夫です。母も、うちには女子がいませんからね。姫様がいて下されば色々と喜ぶと思います」
「そうでしょうか……」
女の子といえどエリーシャは主君の娘だ。家の中にいたら気が休まらないのではないだろうか。
しかしラウルはエリーシャに悩む暇を与えなかった。
「とにかく今日はもう休んで下さい。疲れた頭じゃいい考えも浮かばない。ね?」
「……ではお言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございます、ラウル様」
するとエリーシャに向かってラウルがあるものを差し出した。
「それはなんですか?」
コロコロとした小さくて丸いものが、ラウルの手のひらの上で二つ並んでいる。
「バラデュール公爵家の者が愛用する耳栓です。今夜はこれがないとあいつらの声がうるさくて眠れないでしょうから」
「うふふっ。どうかほどほどにして差し上げて下さいね」
エリーシャは笑いながら耳栓を受け取ったのだった。
11
お気に入りに追加
2,224
あなたにおすすめの小説
離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。
あなたが残した世界で
天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。
八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

褒美だって下賜先は選びたい
宇和マチカ
恋愛
お読み頂き有り難う御座います。
ご褒美で下賜される立場のお姫様が騎士の申し出をお断りする話です。
時代背景と設定をしっかり考えてませんので、部屋を明るくして心を広くお読みくださいませ。
小説家になろうさんでも投稿しております。

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。

妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる