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外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編
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しおりを挟む「……なんだかお庭の方から凄い声がするのですが……」
バラデュール公爵邸内の客室で、急な訪問にも関わらず用意してもらった上質な寝間着に着替えたエリーシャが、様子を見に来たラウルに不思議そうに尋ねた。
「ああ、すみません。驚きますよね。戦いには朝も昼も夜も関係ありませんから、時々こうして夜間に戦闘訓練をするんですよ」
「まあ、皆さん大変ですね」
「いえいえ、ここ最近は大きな戦いとも無縁でしたからね。鈍った身体を鍛え直さないと」
しかし訓練にしては凄い叫び声だ。
実際に聞いたことはないのだが、まるで人が絶命する時に上げるような、本当に物凄い声がさっきからずっと響いている。
「朝方には本隊も到着するのでもっと騒がしくなるかもしれません。せっかく姫にいらして頂いたというのに申し訳ない」
「いいえ!ご無理をお願いしたのは私です。訓練は元々予定されていたのでしょう?本当に……ご迷惑をおかけして申し訳ありません。あの、ラウル様は訓練に参加されなくて大丈夫なのですか?」
ラウルは、庭から聞こえてくる絶叫とはまったく無縁の楽な夜着のままだ。
「俺はあいつらみたいに怠けてませんからね。朝方にでも顔を出しますよ」
「うふふ。ラウル様はいつも熱心に訓練を指導されてらっしゃいますもんね。私が屯所の周りを散歩するといつもお会いするくらいに」
「ええ……そうですね」
そう言って微笑むラウルの顔が、エリーシャには少しだけ寂しそうに見えた。
「今夜は泊めていただけて本当に助かりました……ですが、明日にはおいとまします」
「どこか行くあてはあるのですか?」
「いえ……ですが、オムニブス修道院にお世話になろうと思っています。事情を話せば院長先生もきっと数日くらいならおいて下さるでしょうから」
「でしたらここに!」
「え?」
身を乗り出すような勢いで、ラウルはエリーシャに訴えた。
「いえその……うちのことだったら気にしなくて大丈夫です。姫様が嫌でなければここに居て下さい。それに、警備の面でもここ以上に安全な場所はありません」
「けれど、それではやはりご迷惑では……」
「大丈夫です。母も、うちには女子がいませんからね。姫様がいて下されば色々と喜ぶと思います」
「そうでしょうか……」
女の子といえどエリーシャは主君の娘だ。家の中にいたら気が休まらないのではないだろうか。
しかしラウルはエリーシャに悩む暇を与えなかった。
「とにかく今日はもう休んで下さい。疲れた頭じゃいい考えも浮かばない。ね?」
「……ではお言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございます、ラウル様」
するとエリーシャに向かってラウルがあるものを差し出した。
「それはなんですか?」
コロコロとした小さくて丸いものが、ラウルの手のひらの上で二つ並んでいる。
「バラデュール公爵家の者が愛用する耳栓です。今夜はこれがないとあいつらの声がうるさくて眠れないでしょうから」
「うふふっ。どうかほどほどにして差し上げて下さいね」
エリーシャは笑いながら耳栓を受け取ったのだった。
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