【本編完結】病弱な三の姫は高潔な竜騎士をヤリ捨てる

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外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編

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 「そんなことあるはずがない。私とリシャは……!」

 なにがあっても離れないと誓った。
 私達は唯一の相手。こんなことで壊れてしまうような脆い絆ではない。
 しかしつい最近まで童貞だったフィランの浅い考えなどお見通しとばかりにラウルは笑う。

 「姫とお前はまだ夫婦でもなんでもない。いつでもすぐに切れる縁だ」

 「ラウル!頼むからとにかくリシャに会わせてくれ!」

 顔を見て今までの経緯を説明すれば、きっとリシャはわかってくれる。
 だってカサンドラとの間には真実なにもないのだから。

 「団長!!」

 その時、地を揺らすような蹄の音と共にようやく到着した騎士団が、今にも公爵邸に押し入ろうとするフィランの行く手を塞ぐようにラウルの前に整列した。


 *

 
 一番先に辿り着いたのは騎士団の先鋒隊。
 戦場では敵軍に向かって我先にと切り込んで行く血気盛んな隊だ。
 ここのところ目立った戦いもなく退屈していたらしい彼らの目は、獲物を狙う獣のようにギラギラと輝いていた。
 なぜならこんな前触れもない突然の招集は初めてのこと。
 一体団長はどんな訓練を用意したのか。腕が鳴る。全員がそう思っていた。
 この時までは。

 「おう、やっと来たか。お前ら、訓練はフィランとの実戦だ。いいか、絶対に負けるなよ」

 しかし騎士団員たちは皆が等しく自分の耳を疑った。

 「あの、なに言ってんスか?ラウル団長」

 前列に立っていた怖いもの知らずの若い団員は思わず口に出してしまったが、それを咎める者は誰もいない。
 ラウルの言ったことがそれほど有り得ないことだったからだ。なんなら皆が聞き返したかったくらいだ。

 「聞こえなかったか。じゃあもう一度言う。騎士団の名誉にかけてフィランを倒せ」

 “本気で斬りかかって構わん”
 ラウルの言葉に騎士団員たちは騒然とする。
 それもそのはず。フィランが起こした竜騎士団内での暴行・王城半壊騒ぎは未だ記憶に新しい。
 あの時、次々と救護室に運ばれて行く同胞を皆震えながら見守った。そして所属が違って良かったと胸を押さえ安堵したものだ。
 まさか次は自分の番だなどとは思いもせずに。
 
 「……ラウルお前、部下の命が惜しくはないのか?」

 (殺すつもりですか!?)
 騎士団員は揃って目を剥いた。
 実戦形式だとは聞いていたが相手がフィランだなんて聞いていない。
 団員たちは半分涙目でラウルに注目する。
 さっきのラウルの言葉を聞いてもまだ心のどこかで信じていた。
 ラウル団長はフィラン団長とは違うと。
 部下の命を粗末に扱うようなことは決してしないはずだと。
 しかしそんな彼らの願いも虚しく、ラウルは冷たく言い放った。

 「負けたら査定に響くからな。お前ら、最近屯所周りを散歩するエリーシャ姫に見惚れてばかりいて、堂々と訓練サボってただろ。言わないだけで知ってるんだぞ」

 「「「団長!」」」

 それはいけないほんとうにいけない。
 見ていたのは本当だから反論はできないが、なんでよりにもよってこの心の狭い悪鬼羅刹の前でそんなことを言うのだ。
 
 「ヒィッッ!!」

 一人の団員が悲鳴を上げた。
 その視線の先には美しい顔を歪め、妖しく笑うフィランが。

 「……私のリシャを視界に入れただと……?」

 (視界に入れても駄目なの!?)
 その場にいた全員が心の中でフィランにツッコんだ。
 しかし甘かった。フィランの許容範囲は蟻一匹より小さかったらしい。

 「そうか……よしわかった……これまでお前らのことは同士だと思ってきたが、それはどうやら私の勘違いだったようだな」

 「「「勘違いじゃありません!」」」

 同士です。間違いなく志を同じくする同士なんです。
 しかしそんな心の叫びはフィランの狭い狭い心にまったく届かない。

 「いいだろう。私のリシャを目に映した罪……跪いて地に額を擦り付け命乞いしたくなるような目にあわせてやろう。ああでもそうか……」

 美しい顔が更にいやらしく歪む。
 
 「土下座しての命乞いなど誇り高きお前たちの騎士道精神にも反するな。よしわかった。安心しろ」

 やめてくれるの?
 ほんの少し期待に満ちた目がフィランに向けられるが、もちろんフィランはそんなに甘くはなかった。

 「死人に口なしと言うしな。お前ら全員、誇りと恥はあの世に持って行け」

 言い終わるとフィランはノエルを睨み付け、戦闘態勢に入るよう暗に促した。




 
 
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