【本編完結】病弱な三の姫は高潔な竜騎士をヤリ捨てる

クマ三郎@書籍発売中

文字の大きさ
上 下
75 / 121
外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編

15

しおりを挟む






 リシャに一目会ってしまえば、離れられなくなる事はよくわかっていた。そして今浅緋の竜から目を離してはいけない事も。
 だから恋しい想いを手紙にしたためた。今はどうしても会いに行く事ができないが許してくれと。
 そしてその手紙を信頼する部下に預けた。必ず届けるようにと。

 「エレン!」

 「は、はいっ」

 「お前、リシャへの手紙はちゃんと届けてくれたんだろうな!?」

 「えっ!?あ、あの……」

 エレンは気まずそうな視線をカサンドラに向けた。

 「はっきり言わないか!」

 「はいっ!エリーシャ姫様へのお手紙は、カサンドラ姫様が届けて下さいました!……よね?」

 フィランから手紙を受け取ったあの日、エレンはすぐさまエリーシャのいる塔へと向かった。
 姫様は優しい人だ。きっと団長の事を心配して、眠れない二週間だっただろう。早く届けてあげなければ。
 この手紙が届けば姫様はとても喜ぶはず。
 エリーシャの笑顔が見たかったエレンは、疲れた身体に鞭打って急いだ。

 『あらエレン、そんなに急いでどうしたの?』

 道の途中、呼び止められて振り向くと、そこには着替えを済ませたカサンドラの姿が。

 『これはお疲れ様ですカサンドラ姫様。あの、どちらへ?』

 『国王陛下にご挨拶に伺うのよ。急な訪問になってしまったからね。』

 浅緋の竜の生態を知りたいと言うカサンドラの意向で、急遽この王宮へと滞在する事になったベルーガの竜騎士団。
 カサンドラの視線がエレンの持っている封筒に向く。

 『あ、これは団長からエリーシャ姫様への手紙で……』

 『私が届けてあげるわ』

 『えっ?』

 間髪入れずに発せられた言葉に、エレンは一瞬言葉に詰まった。
 届けると言ってもカサンドラはエリーシャと面識は無かったはず。

 『ふふ。そんな顔しなくても大丈夫よ。確か国王陛下はエリーシャ姫を溺愛してるのでしょう?』

 確かに陛下はエリーシャ姫をこの上なく溺愛されている。でもそれと手紙に何の関係が?

 『その手紙を国王陛下にお渡しすれば、陛下には姫の顔を見に行く口実が出来るでしょう?』

 (そういえば……)
 エリーシャがフィランと共に塔で暮らすようになってから、国王陛下はエリーシャの部屋に、今までのように頻繁に訪れるのを遠慮しているのだと聞いた。
 エレンは、手紙を預かったのは自分なのだから、ちゃんとこの手で届けなければと思う反面、最近淋しそうな国王陛下の顔が脳裏に浮かんだ。
 “きっとお喜びになるわよ”
 (確かにそうかもしれない……)
 そしてその言葉を疑いもせず、エレンはフィランから預かった大事な手紙をカサンドラに渡してしまったのだ。

 あの後手紙が届いたのか確認すれば良かったとエレンは後悔したが、それも今さらだ。 
 エレンの答えに、いつの間にかフィラン達の会話に聞き耳を立てていた、会場中の参加者の目がカサンドラへと向く。

 「……っ!」

 カサンドラはその視線に気付き、顔を顰めた。

 「一体どういう事だカサンドラ!?」

 「わ、私は何も……!」

 カサンドラはフィランから視線を逸らす。
 しかしフィランは追及をやめなかった。

 「リシャへの手紙をどうしたんだ!?」

 「やめなさいフィラン。」

 しかし一部始終を黙って聞いていたシャローナが、カサンドラを責めるフィランを止めた。

 「これは誰でもない。フィラン、あなたの責任よ。」

 シャローナの口調は厳しい。

 「愛する者への義理も果たさなかったあなたが、偉そうに他人を責めるなどと……例え竜から目が離せなかったとはいえ、ほんの一瞬でもあなたがエリーシャに顔を見せてやれば良かっただけの話だわ。」

 あのいじらしい妹の姿がシャローナの頭に浮かぶ。
 今回エリーシャは、フィランの近い未来の伴侶として、唯一の番として彼を送り出したのだ。物陰からそっと見ていただけの、幼いあの頃とは違う。
 命を落とす危険だってある遠征に、愛する男を笑顔で送り出すのだ。帰還までの間、待たされる女はどれほど気を揉んで、枕を涙で濡らしながら眠れない夜を過ごすのか。
 そんな事もわかってやれないフィランに、シャローナは心底腹を立てていた。

 「あなたのせいよ。」

 シャローナはもう一度だけそう言うと、両親の待つ王族席へと向かった。

 「リシャ……!!」

 フィランは扉に向かって歩き出す。
 (謝らなければ)
 きっと、彼女はひどい誤解をしている。
 そしてそうさせたのは他でもないフィランだ。

 「待って、フィラン!話を聞いて!」

 しかし顔を歪め叫ぶカサンドラに目もくれず、フィランは広間から出て行った。

 「リシャは…エリーシャ姫はどこへ行った!?」

 広間の外に立っている衛兵が指し示す先へと急ぐがしかし、エリーシャの姿はどこにもない。
 フィランは祈るような気持ちで、今は二人の愛の巣となった塔へ向かった。 
 あの日リシャが手を振ってくれたバルコニー。自分を待ってくれていたリシャに、ベルーガの騎士団の手前、いつものように側を飛ぶ事が出来なかった。
 あの時リシャはどんな気持ちでいたのだろう。 

 「フィラン様!?」

 「ニナ!リシャは、リシャはどこに!?」

 突然現れたフィランに驚いたニナだったが、次の瞬間、唇を噛んでフィランをめつけた。
 そしてフィランは、自分がとんでもない間違いを犯してしまった事に、この時ようやく気づいたのだった。




 
 

 

 
 


しおりを挟む
感想 215

あなたにおすすめの小説

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

あなたが残した世界で

天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。 八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。

褒美だって下賜先は選びたい

宇和マチカ
恋愛
お読み頂き有り難う御座います。 ご褒美で下賜される立場のお姫様が騎士の申し出をお断りする話です。 時代背景と設定をしっかり考えてませんので、部屋を明るくして心を広くお読みくださいませ。 小説家になろうさんでも投稿しております。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

出生の秘密は墓場まで

しゃーりん
恋愛
20歳で公爵になったエスメラルダには13歳離れた弟ザフィーロがいる。 だが実はザフィーロはエスメラルダが産んだ子。この事実を知っている者は墓場まで口を噤むことになっている。 ザフィーロに跡を継がせるつもりだったが、特殊な性癖があるのではないかという恐れから、もう一人子供を産むためにエスメラルダは25歳で結婚する。 3年後、出産したばかりのエスメラルダに自分の出生についてザフィーロが確認するというお話です。

処理中です...