70 / 121
外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編
10
しおりを挟むなんで……なんで私を見て笑うの……?
微笑んで欲しいのは彼女じゃない。その隣に立つ愛しい人だ。
けれどフィランは王族席を視界に入れてはいるが、エリーシャとはっきり目を合わせてはくれない。
そして目を伏せカサンドラと共に王の前で礼をした。
「よい、よい。カサンドラ姫、我らの仲だ
。かしこまった礼などいらぬ。今回の合同遠征ご苦労であった。何やら素晴らしい成果があったとか?」
王の言葉に二人は顔を合わせて微笑み合う。
そして口を開いたのはカサンドラだった。
「はい、陛下。今回の遠征ほど有意義なものはありませんでした。フィラン殿率いる貴国の竜騎士団の皆様にも深くお礼を申し上げたいと存じます。」
「そうか。フィランもご苦労だったな。では皆も待たせたな、杯を持て!」
ワインの注がれた杯を手に皆が立ち上がる。
フィランとカサンドラは騎士団達と席を共にするらしく、長テーブルに移動すると二人並んで杯を手に取った。
「では両国と竜騎士団の未来に!」
エリーシャはお酒は苦手だったが、ワインに口をつけても何の味もしなかった。
両国の竜騎士団員達はこの数日ですっかり打ち解けたようで、皆楽しそうに杯を傾けている。
宴が始まってもフィランはエリーシャの所へ来てはくれなかった。そしてカサンドラと時折何やら耳打ちをするような距離で話し合っては笑っている。
見たくなくても前を向けばどうしても視界に入ってしまう。
(お姉様にわがままを言ってこんなに綺麗にしてもらったのに……なんの意味もなかったわね……)
意識してあれこれと悩んでいたのは自分だけ。もう彼の世界に自分の居場所などないのだ。
お腹は空いているはずなのに何を食べても味がしない。心臓はやけに静かなのに変な汗が止まらない。身体と心が噛み合っていないような妙な感覚だった。
宴席は盛り上がりざわめきが最高潮を迎えた頃、エリーシャは誰にも見つからないようにそっと席を立った。
「パウダールームへ行ってくるわね。……それと、少し疲れてしまったみたいで気分があまり……だからもしかしたら戻らないかもしれないから、その時はお父様とお母様にその事伝えてくれる?」
そして側にいた侍従にそう告げて広間を後にしたのだった。
広間の喧騒とは打って変わって静かな夜の回廊を一人歩いていると、いつぞやこの石畳の上を裸足で走った日の事が思い出される。
あの時自分を待っていてくれた人は、今他の女性の隣で笑っている。
切ないより虚しい。心変わりよりも無視される方が辛かった。
「……こんなの卑怯よ……ずるすぎるわ……」
フィランを卑怯だずるいと罵る日が来るなんて思ってもみなかった。
いつでも私に対して真っ直ぐな人だった。嘘だってつかれた事はない。それなのに……
「もうノヴァやノエルとも会えなくなってしまうのかしら……」
フィランとの事が破談になれば、勿論彼らとの関わりも断たれてしまうだろう。
そんなの絶対嫌だ。悲しすぎる。
そう思うとエリーシャの足は自然に竜舎へと向いていた。
*
「ピ、ピ、ピキュウ……!」
こっそりと竜舎の中へ入ると奥からノヴァの声が聞こえてきた。しかも何だか聞き慣れない声だ。
足音を立てないようにゆっくりと近付くと、エリーシャは物陰から様子を見た。するとノヴァは檻の柵につかまり立ちをしながら誰かに話し掛けているようだった。
(一体誰に話し掛けているのかしら……)
エリーシャがノヴァの視線の先を追う。
するとそこにいた存在に驚き思わずヒュッと息を飲んだ。
ノヴァの檻の隣に新しく置かれていた檻の中にはなんと美しく輝く浅緋の竜。成竜にはまだ少し届かぬ華奢な雌竜がいたのだ。
エリーシャは怖気立った。
その雌竜がカサンドラに見えたのだ。
気付いた時にはもうエリーシャの足は外へ向かって走り出していた。
背後では一生懸命に雌竜に話し掛けるノヴァの声が響いていた。
何よ……!何よ何よ何なのよ!!
どいつもこいつも浮気して……!!
信じられない!信じられないわ!!
そしてエリーシャはやり切れない気持ちを抱えながら、その心の最後の砦の元へと向かったのだった。
1
お気に入りに追加
2,228
あなたにおすすめの小説
貴方もヒロインのところに行くのね? [完]
風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは
アカデミーに入学すると生活が一変し
てしまった
友人となったサブリナはマデリーンと
仲良くなった男性を次々と奪っていき
そしてマデリーンに愛を告白した
バーレンまでもがサブリナと一緒に居た
マデリーンは過去に決別して
隣国へと旅立ち新しい生活を送る。
そして帰国したマデリーンは
目を引く美しい蝶になっていた
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
最悪なお見合いと、執念の再会
当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。
しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。
それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。
相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。
最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。
〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?
詩海猫
恋愛
私の家は子爵家だった。
高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。
泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。
私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。
八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。
*文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
妖精隠し
棗
恋愛
誰からも愛される美しい姉のアリエッタと地味で両親からの関心がない妹のアーシェ。
4歳の頃から、屋敷の離れで忘れられた様に過ごすアーシェの側には人間離れした美しさを持つ男性フローが常にいる。
彼が何者で、何処から来ているのかアーシェは知らない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる