上 下
69 / 121
外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編

しおりを挟む




 エリーシャは三姉妹の末っ子だ。
 一番上の姉は現在謹慎中のレオノール。そして今回会いたいと願い出たのは二番目の姉シャローナだった。

 「久し振りねエリーシャ!」

 「シャローナお姉様!」

 両手を広げて勢いよくぱふっと抱きつくと、シャローナの身体からは柔らかな花の香りがする。
 きつくなく上品なそれは、きっと今王都で流行っているものなのだろう。
 シャローナは流行にとても敏感で、エリーシャが知る限りではこの国一番のお洒落さんだ。
 
 「いきなり会いたいだなんてどうしたの?」

 「迷惑だった?」

 「そんな訳ないじゃない。でもエリーシャは今姉様より銀の竜騎士に夢中だもんね。」

 そう言ってシャローナは茶目っ気のある笑顔を寄越す。

 「もう……からかわないでお姉様。でもそうね。うん。今はフィラン様の事で頭がいっぱい……」

 「どうしたのエリーシャ?何だか表情が暗いわ。」

 さすが姉と言うべきか。
 しかしシャローナが敏感なのは流行だけではない。彼女は昔から人の心の機微に敏感だった。
 物言いははっきりしているがとても優しい人なのだ。

 「ううん、何でもないの。それよりお姉様にお願いがあるの。」

 「お願い?」

 姉は少しびっくりしたような顔をした。そういえばシャローナお姉様にお願い事をするのは初めてだったかも知れない。

 「うん。とびきり大人っぽくなれるドレスを貸して欲しいの。今夜はフィラン様の凱旋のお祝いみたいなものでしょう?だから少しでも綺麗な姿でお祝いしてあげたくて……駄目かしら?」

 「まぁ妬けるわね!いいわ、すごいの貸してあげる!」

 「す、すごいの?」

 すごいのって何だろう?
 確かに姉様は派手好きではあるけれど……。
 しかし悩む間もなくエリーシャはシャローナに連れられて、部屋の奥にあるドレスルームへと向かったのだった。


 **

 
 
 宴の開始時間より早めに来たつもりだったが広間は既に騎士達で賑わっていた。
 エリーシャはいつもと違う自分の装いに緊張していた。
 シャローナはせっかくの宴席なのだからと赤や黄色のドレスを薦めてきたが、今日の主役はあくまで竜騎士団だ。そしてフィランの横に並ぶ事を考えると同じ青の系統が良いだろうと思い、数あるドレスの中から騎士服と同じ濃紺のドレスを選んだ。
 だがやはり姉が“すごいの”と言うだけある。
 前は鎖骨のラインに沿って上品なレースで覆われているのだが、背中は大胆に開いているマーメイドラインのドレスだ。
 
 『これを着てフィラン様を焦らせてあげなさいな!』

 焦るも何も、もうフィランの気持ちは自分から離れてしまっているのだ。
 だからこそ今日は誰よりも美しくありたかった。そうでもして自分を奮い立たせないと彼の側にいられないような気がした。
 (きっと彼は私になんて見向きもしないけど…)
 そういえばこの濃紺……カサンドラ姫の纏う緋色の制服とは対照的だ。
 そう思うと随分惨めな気持ちになる。
 自分がまるで彼女の引き立て役のような気がして。

 今日の宴は着座式で行われるようで、長いテーブルの上には所狭しと豪華な料理やカトラリーが並べられていた。
 上座には王族用にテーブルが置かれており、侍女はそこにエリーシャを案内した。
 しかし椅子は四つ。二つは父母である国王夫妻が既に着席していた。もう一つはエリーシャだろう。
 シャローナも顔を出すと行っていた。だからこの四つの席は自分達家族の分だ。
 (……でもフィーは……?)
 てっきり隣に座るものだと思っていたエリーシャがキョロキョロと辺りを見回したその時だった。

 「おお、主役の入場かな。」

 父王の声が広間に響くと同時に皆の視線が一斉に扉の方へと向いた。そこから入場して来たのはカサンドラ姫と姫をエスコートするフィランだった。
 二人は微笑み合い、談笑しながらこちらへと向かって来る。
 エリーシャの胸はズキズキと音を立てて痛んだ。なぜフィランとカサンドラが並んで歩いて来るのか。いや、フィランは案内をしているだけなのだろう。いくらなんでも父母の前で堂々と浮気相手のエスコートなどする訳がない。これは彼の義務であり職務だ。けれど頭ではわかっていても心は理解出来なかった。
 二人を直視するのが辛い。
 それなのにどうしても目は仲睦まじい二人の姿を追ってしまう。
 その時だった。
 カサンドラ姫が私を見て笑ったのだ。 

 

  
 
 

 
 
しおりを挟む
感想 215

あなたにおすすめの小説

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

来世はあなたと結ばれませんように【再掲載】

倉世モナカ
恋愛
病弱だった私のために毎日昼夜問わず看病してくれた夫が過労により先に他界。私のせいで死んでしまった夫。来世は私なんかよりもっと素敵な女性と結ばれてほしい。それから私も後を追うようにこの世を去った。  時は来世に代わり、私は城に仕えるメイド、夫はそこに住んでいる王子へと転生していた。前世の記憶を持っている私は、夫だった王子と距離をとっていたが、あれよあれという間に彼が私に近づいてくる。それでも私はあなたとは結ばれませんから! 再投稿です。ご迷惑おかけします。 この作品は、カクヨム、小説家になろうにも掲載中。

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

妖精隠し

恋愛
誰からも愛される美しい姉のアリエッタと地味で両親からの関心がない妹のアーシェ。 4歳の頃から、屋敷の離れで忘れられた様に過ごすアーシェの側には人間離れした美しさを持つ男性フローが常にいる。 彼が何者で、何処から来ているのかアーシェは知らない。

処理中です...