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しおりを挟むフィランのたくましい胸に身体を預けると、なんとも言えない安心感に包まれる。
(不思議だわ……さっきまで団員の方たちを殴る蹴るの暴行をしていたこの人の腕の中が、私にとって世界一安心する場所だなんて……)
フィランはエリーシャの肩が冷えないように何度も何度も優しく湯をかけている。
「そんなにしなくても大丈夫よフィラン様。身体はとっても温かいし、こうやってフィラン様にもくっついているし。」
するとフィランは手を止めて、じーっとエリーシャの顔を見つめた。
「どうしたのフィラン様?」
「名前……」
「名前?」
「……ノエルを呼ぶように私も“フィラン”と……」
“フィラン様”と敬称をつけて呼ばれるのが嫌なのか、フィランはノエルを引き合いに出し、エリーシャに自分も呼び捨てにするよう頼んだ
。
(でもいきなり呼び捨てになんて出来ないわ……)
やはりフィラン様は私より十歳も年上だし、お付き合いしたての身としては“フィラン”呼びするためにはまだまだ越えなければならないハードルがたくさんある。
じゃあ可愛い愛称ならどうだろう。それなら抵抗なく呼べそうだ。
エリーシャは目を閉じて考える。
(うーん……フィル……はちょっとピンと来ないわね……じゃあ“フィー”……うん、可愛いわ!これにしましょう!)
「フィーでもいいですか?とっても可愛いと思うんですけど……」
「フィー……」
「駄目?」
フィランはしばらくぼうっとして何かを考えているようだった。
気に入らなかったのだろうかと心配したエリーシャだったが何てことはない。フィランはエリーシャの可愛らしい声で奏でられた自分の愛称を、脳内で反芻していたのだ。
「フィー?」
心配だからもう一度呼んでみると、フィランは少し恥ずかしそうに、けれど本当に嬉しそうに微笑んだ。
「嫌じゃない?」
「……嫌じゃない……嬉しい。」
「なら私も!子供の頃はリシャと呼ばれていたわ。今はもう誰も呼ばないからフィーだけの呼び名よ?」
「リシャ……」
「うふふ。嬉しい。」
広い胸に抱きつくと、フィランの心臓の音がとても早い。
「リシャ……リシャを抱きたい……」
大きな手がエリーシャの腰に回る。
「でもシーツが無いわ。ベッド……もう使えなくなっちゃう。」
「一生の記念にするから大丈夫です。額には入らないから職人に言ってガラスのケースを作らせます。」
「それ……冗談ですよね?」
「……?」
二十六歳まさかのキョトン顔だ。
この調子だと自分が死ぬまでに二人の秘宝館が出来上がる。間違いない。
「フィーあのね?そういうの集めるのはもう仕方ないけれど、あまり人に見せたりしないでね?」
「当たり前です。今回はリシャを修道院から出すために仕方なかった……。でもあなたがまた逃げたらわからない。」
「もう逃げないわ。だから……一生私と添い遂げてくれますか?」
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