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 空気のまったく読めないイーサンは尚も続ける。

 「それにしてもエリーシャ様は一国の王女でいらっしゃるのですよ?遊ぶにしたって他にいくらでもいたでしょうに。何でよりによってこんな奴と……」

 イーサンの祖国エルニカにも竜は生息しており、もちろん竜騎士団も存在する。
 だがその在り方はこの国とまったく違った。
 竜は戦うための“モノ”であり、平素は野蛮な生き物と蔑まれているのだ。
 まるで“どうだ?言ってやったぜ!!”と言わんばかりにふんぞり返るイーサンに、口を開いたのは誰もが予想もしなかった人物だった。

 「……誰が野蛮ですって……?」

 皆が耳を疑った。
 この声は知っている。だがしかし自分達の知るそれとはまったく違う。聞いた事もないような低い声。
 その声の持ち主であるエリーシャはゆっくりと立ち上がった。下からイーサンをめ上げるようにして。

 「エ、エリーシャ姫?一体どうされたのです?」

 イーサンはエリーシャの形相にたじろいだ。

 「もう一度仰ってもらえますか?誰がどう野蛮だというのです?」

 エリーシャの目は恐ろしいほどに獰猛な光を宿し、決して逃すまいとイーサンをにらみつけている。

 「あ、ああ。野蛮なのはですね……まあ本人達を目の前にして言うのも気が引けますが……この者達はあの汚らわしい生き物である竜を従わせるような奴らですよ?野蛮極まりないでしょう?」

 パァァァァァン!!

 その瞬間だった。
 乾いた音が広間に響く。

 あまりの事に国王は涙目で口を押さえた。
 なぜならエリーシャがイーサンの横っ面を勢いよく引っ叩いたからだ。

 「「「「!?」」」」

 誰もが目を見開き驚愕した。
 そして打たれたイーサンは頭の中が真っ白になり、しばらくその場に立ち尽くした。

 「竜のどこが野蛮な生き物だと言うの!?私は今までの人生であんなにも美しく気高い生命を見た事がないわ!!」

 呆然とするイーサンに構わずエリーシャは続けた。

 「フィラン様達は好きで戦っている訳じゃない!!戦いだってやむを得ない事情がある時だけよ!!」

 この国は争いを好まない。
 フィラン達が出陣するのは話し合いで決着がつかない時。そして友好を一方的に破棄され相手側が侵攻してきた時などだ。

 「フィラン様は……そしてここにいる皆さんは、その綺麗な手を私達を守るために汚して下さっているのよ!?それを何て言い草なの!?あなたそれでもエルニカの王子なの!?それが本当だと言うのならエルニカは大した国じゃないわね!」

 エリーシャの言葉を後ろで聞いていた団員達は皆目に涙を浮かべていた。
 姫様の事は実際にお会いするまでは噂でしか知らなかった。
 病弱で、塔に住まう第三王女。王に溺愛されていて、外界とは一切関わらず暮らしていると。
 まさに絵本の中のお姫様だ。きっと世間知らずの浮世離れした方だろうと皆が思っていた。
 だがある日、そんな絵本のお姫様そのものの彼女が自分達の前に突然姿を現したのだ。
 皆が諦めていたノエルの子を膝に乗せ、時には地べたに座って楽しそうに会話しながらミルクを飲ませていた。
 何も聞かなくてもどんな方かは一目でわかる。だってあの子竜の顔を見てみろ……。
 
 そしてそんな姫が今、侮辱された団員達を我が事のように捉え怒り、隣国の王子の頬を張ったのだ。
 何よりも心を打たれたのは、エリーシャが自分達の役割を正しく理解してくれていた事だった。
 好きで血を流している訳じゃない。
 どうしようもない罪悪感に苛まれ眠れない日もある。だが愛する者を守るために……そのためだけにやってきた。
 団員達はもはや団長の事など二の次だと悟った。ヤリ捨てが何だ。こんな方にヤリ捨てられたら童貞冥利に尽きるだろうがと。

 「お前達……何があっても姫様を守るぞ……!例え相手が団長でもだ……!!」

 団員達は同僚の言葉に真剣な顔で頷いた。




 
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