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しおりを挟むフィランがエリーシャの部屋に着いた時、中は大変な事になっていた。
「一体どうされました!?」
フィランの目に飛び込んで来たのはエリーシャの部屋で泣き崩れる王の姿。その隣には王妃もいる。
二人はお互いを支えながら身体を起こしているのがやっとという様子だ。
「フィラン……!!エリーシャが、エリーシャが姿を消してしまった……!!」
「!?」
姫はノエルと共に城へ戻ったはず。
なのになぜ行方がわからぬのだ。
「フィラン……!!エリーシャを探してくれ!!頼む!!」
悲痛な王の叫びにフィランは険しい表情で来た道を戻った。
まさかエリーシャはこの先に待ち受けている己の運命を悲観して、自ら姿を消してしまったのではないだろうか。
なぜだ。私がいる。私がいるのに。
あなたを傷付けようとするすべてのものから守ってみせるのに。
自分は彼女にとってそんなに情けない男なのか?
(姫……!頼むからどうか無事でいてくれ……!!)
フィランは我を忘れ走った。
そして国をあげての捜索が始まった。
陸からも空からも。騎士団の総力をあげての大捜索だったがエリーシャを見つける事は出来なかった。
もうエリーシャ姫はこの世にはいないのではないか……そんな噂が流れ出した頃だった。
王宮に修道院からの知らせが届いたのだ。
そこに記されていたのは
【オムニブス修道院は第三王女エリーシャを受け入れる】
という一文であった。
**
「エリーシャさま!お歌うたって?」
「ええ、いいわよ。」
姫であった頃のようなドレスではない。
黒と白のゆったりとした修道服に身を包み、エリーシャはここで暮らす子供達に歌や勉強を教えていた。
修道院での仕事はたくさんあるが、身体の弱いエリーシャが無理なく出来る仕事がこれだった。
「あっ!エリーシャさま空を見て!竜よ!」
「ほんとだ!とても綺麗ね……」
ここに来てから何度も竜が飛ぶ姿を見たが、銀色の竜は一度も目にしていない。
あの子竜はちゃんとミルクを飲んでいるだろうか。私をここへ連れてきた事でノエルは叱られなかっただろうか。そして……フィラン様は私との事を悔やんでいないだろうか。
きっと後味の悪い思いをさせてしまっただろう。一度だけと抱いた女がその直後修道院に入ったのだ。
優しい彼の事。もしかしたら気にしているかもしれない。
(……ううん、きっともう私との事なんて忘れているわよね……だって彼には唯一の人がいるんだもの……)
エリーシャが物思いにふけっていると、年配の修道女から声を掛けられた。
「エリーシャ。院長がお呼びです。早くお部屋に行って下さい。」
「院長が?」
(一体何の御用かしら……)
エリーシャは不思議に思いながらも子供達に勉強を続けるよう言い聞かせて席を立った。
*
院長室のドアをノックすると中から入室を許可する声が聞こえた。
「失礼いたします。院長、何か御用でしょうか?」
すると院長と呼ばれた老齢の男性は、立派に蓄えた白い髭を困ったような顔で触りながらエリーシャに告げた。
「エリーシャ。困った事になりました。」
「どうかしたのですか?」
院長の様子を見る限り、どうやらとても良くない事が起こっているようだ。
「我がオムニブス修道院は苦しむ者なら誰でも受け入れる……それはあなたも知っていますね。」
「はい。よく存じ上げております。」
だからこそ自分もすんなり受け入れて貰う事が出来たのだ。
「しかし唯一受け入れる事の出来ない場合があるのです。」
「受け入れる事の出来ない場合?」
「それは……罪を犯して来た人です。」
そう。ここは誰にでも門戸を開くが罪人だけは別だ。
罪を犯した人間はその罪を償ってから受け入れる事となっている。
「……残念ですエリーシャ……」
「……え?」
「……まさかあなたがそんな事を……」
院長は沈痛な面持ちで下を向く。
(今の……私に言ってるの?私が罪人?一体何の事!?)
「……王宮よりあなたに召喚状が届いています。そこに罪状も明記してある。」
「召喚状!?し、しかも罪状ってそんな……私が一体何をしたと言うのですか!?」
塔の中でひっそりと暮らしてきた自分には、罪なんて一番縁のないものだ。
「これによると原告は竜騎士団長フィラン・ルクレール。」
「フィラン様!?」
「……罪状は……第三王女エリーシャによる原告への“ヤリ捨て”だそうです……。」
そこまで読み上げると院長は顔を押さえて泣き出してしまったのだった。
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