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しおりを挟むオムニブス修道院。
赤い屋根が目印のそこは権力の介入が許されないすべてから守られた場所であり、苦しみに嘆き喘ぐ者には惜しみなく門戸を開く。
一度中に足を踏み入れれば本人が出たいと言わない限り絶対に外に出る事は叶わない。そして面会もまた然りだ。
それは例え王族だとしても例外ではない。
*
「気持ちいい…!空を飛ぶって本当に素敵ねノエル!」
「ピィ!」
エリーシャの心は晴れやかだった。
大好きな人があんなに情熱的に抱いてくれた。長年の願いはもうすべて叶ったのだ。
もう何も思い残す事はない。
(……何て言うか不思議ね……たった一度の事だったのに、すべてがまるで違って見える。世界が輝いて見えるわ!)
「ありがとうノエル!ここでいいわ!」
エリーシャは修道院の大きな門の前でノエルの背から降りた。
「本当にありがとうノエル。気を付けて帰ってね。」
「……ピィ。」
理由はわからなかったがノエルはエリーシャの様子がいつもと違う事に戸惑っていた。
「心配しないで?私今とても幸せなの。それも全部ノエルとノエルの赤ちゃんと……フィラン様のお陰だわ……。」
ノエルはエリーシャにスリスリと顔を擦り寄せた。
「特にあなたの赤ちゃんには感謝しなくちゃ。」
そう。すべてはあの子が生まれてくれた事から始まったのだ。
「あなたの奥さんにも本当に感謝しているの。ノエル、素晴らしい人に恋をしたのね。」
エリーシャが自分達の事を“人”と言ったのをノエルは聞き逃さなかった。
エリーシャにとって自分達竜は等しい命なのだ。それはノエルの心に温かな光を灯した。
「またいつか会えるわノエル。だから大丈夫。どこにいてもいつも見てる。あなたが誰よりも美しく空を飛ぶ姿を。そしていつかあなたそっくりな竜が雄々しく空を飛ぶ姿もきっと見れると信じてるから……」
だから、これでお別れよ。
最後の言葉だけはどうしても言えなかった。
「さあノエル、フィラン様を迎えに行ってあげて!」
エリーシャはノエルに飛ぶよう促すが、ノエルは真剣な顔でエリーシャを見つめたまま飛ぼうとしない。
「お願いノエル。私に見せて?あなたの美しく飛ぶ姿を。」
するとノエルは空に向かって一際高く鳴き、翼を広げ飛び立った。
エリーシャは涙で滲む視界で昇り始めた朝日を浴びて輝くノエルの姿を見送ったのだった。
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