【本編完結】病弱な三の姫は高潔な竜騎士をヤリ捨てる

クマ三郎@書籍発売中

文字の大きさ
上 下
27 / 121

27

しおりを挟む






 「……私をフィラン様のものにしてください……一度だけでいいの……愛して下さい……!」

 緊張で強く握り締められた小さな手。擦り剥いた場所に爪が食い込んでいるのに痛みを感じる余裕も無い。激しい胸の音を隠すようにエリーシャはフィランから目を逸らした。
 そしてフィランは何も言わず顔を歪めたまま俯くエリーシャの顔を見つめていた。

 そして永遠に続くように思えた沈黙が破られる。

 「……塔の近くを騎士達の騎竜訓練の場にさせてもらうよう申請したのは私です……最初王には危険だと反対されて……」

 こんな時にいきなり何の話だろう。
 エリーシャは混乱した。
 まさか関係ない話をして逃げようとしているのだろうか。
 しかしそんなエリーシャの気持ちなど知らずフィランは続ける。

 「朝と夕方……騎竜は太陽の光が差す加減に慣れる事が必要です。」

 「はぁ……」

 一体彼は何を言いたいのだろう。
 私は一世一代の愛の告白……じゃないな。
 その……“してくれ”と言ったばかりなのだが。

 「そしてあの塔は私達竜騎士の帰還の際の目印でもある。」

 「……はい……」

 駄目だ。
 もう絶望的な予感しかしない。
 小娘の戯言たわごとたしなめよう的な雰囲気がムンムンと漂い始めたその時、フィランはぎゅっと握られたエリーシャの手に触れ、指を一本一本優しく開いて行った。

 「……フィラン様……?」

 「……私はいつもあの塔を目指していました。どんな時も……何があろうとそこに帰るために……」

 そしてまたフィランは黙ってしまった。

 (……終わったわ……)
 エリーシャの全身から力が抜けた。
 しかもものすごく訳のわからない終わり方だった。
 騎竜訓練についてと帰還の目印について説明されただけだ。さしずめこれはフィラン流の新人指導と言ったところだろうか。
 どうせ断るなら優しくなんてせずにバッサリやって欲しかった。
 形のいい唇はもうそれ以上何も語ってはくれない。
 せめて最後にその唇に触れる事は許してくれるだろうか。
 エリーシャは祈るような気持ちでフィランの頬を包んだ。
 僅かな動揺が手から伝わって来る。
 どうか許して欲しい。
 エリーシャはそんな気持ちでフィランの唇に自分のそれを重ねた。
 想像していたよりもずっと柔らかい唇。
 その気持ちよさにエリーシャはしばらくの間うっとりと酔いしれた。
 そして唇が離れた後の喪失感に溜め息を一つついてから、キスを嫌がらずに受け入れてくれた彼に駄目元でもう一度だけ聞いてみた。

 「……どうかその腕に私を抱いては貰えませんか……?フィラン様に恋人がいても構いません。今夜の事も決して他言したりしない。たった一度だけでいいんです。私に愛する人に愛される喜びを教えて欲しいの……!」

 最後は声が掠れてうまく言えなかった。
 こんなにお願いしても駄目なのだろうか。

 「……お願いフィラン様……!!」

 今度は目を逸らさなかった。
 フィランの青い瞳はまるで彼の心の中を表すようにゆらゆらと揺れている。

 「……あなたをずっと見ていました……」

 「……え……?」

 「朝と夕……昼の日差しは強いからバルコニーには出て来ない。だから……」

 「だから……?」

 「……だから理由をつけて騎竜訓練を朝と夕にしたんです……」

 エリーシャは驚愕した。
 嘘だ……。そんな事あり得ない。
 フィラン様が私の姿を見るために訓練時間を決めた……?

 「……フィラン様は私の事を……想ってくれているのですか……?」

 するとまたフィランは黙ってしまう。
 エリーシャはフィランの手を胸に抱いた。

 「ちゃんと言ってフィラン様!!」

 十も年下の私がここまで頑張って言ってるのに逃げるなんてひどい。
 しかしフィランの顔を見るとまだ戸惑っているようだ。
 だからエリーシャは覚悟を決めた。
 胸に抱いたフィランの手を胸元に……直に肌に触れさせたのだ。

 「ここまでしても駄目ですか?私に女としての魅力を何も感じてくれませんか?」

 フィランは何かを堪えるように顔を歪めた。

 「……私はノエルと同じです。生涯ただ一人しかつがうつもりはない。そして私と言う名の檻に閉じ込めて決して逃がしはしない。あなたは本当にいいのですか?こんな私の愛がそれでも欲しいと?」

 その言葉でエリーシャは気付いてしまった。
 そうか……フィラン様の様子が変なのがこれでわかった。
 一瞬彼も私の事を想ってくれているのかと思ったが、彼が私に抱いたのは私のとは違う気持ちなんだ。
 さっき私は彼に“恋人がいても構わない”と告げた。きっとその言葉があったから口を開いてくれたのだ。
 もう心に決めた方がいるのだろう。それなのにうっかり私みたいな物珍しい女に少し浮気心が湧いた。
 優しい彼の事だ。きっと良心の呵責に苛まれていたのだろう。
 ただ一人としか番う気がないから私とは遊びになるという事が言えなかったのね……。
 
 「……構いません。フィラン様がただ一人としか番わないと決めていらっしゃるのなら私には口を挟む権利なんてない。私は今フィラン様に愛されたい……それだけなの……。」

 エリーシャの言葉にフィランは目を見開いた。

 「本当に……?本当にそれは姫の本心ですか?姫は本当に私と……!?」

 エリーシャは笑顔で頷く。
 わかってる。あなたにとってはたった一度の過ち。でもそれで私は救われるの。

 「……愛してるわフィラン様……。もうずっと……。」

 やっと言えた。
 エリーシャはフィランに向かって微笑む。
 一片の曇りないその笑顔を眩しそうに見つめるフィランの瞳から涙が一滴零れ落ちた。

 「姫……!!」
 

しおりを挟む
感想 215

あなたにおすすめの小説

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

あなたが残した世界で

天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。 八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。

褒美だって下賜先は選びたい

宇和マチカ
恋愛
お読み頂き有り難う御座います。 ご褒美で下賜される立場のお姫様が騎士の申し出をお断りする話です。 時代背景と設定をしっかり考えてませんので、部屋を明るくして心を広くお読みくださいませ。 小説家になろうさんでも投稿しております。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

魅了の魔法を使っているのは義妹のほうでした・完

瀬名 翠
恋愛
”魅了の魔法”を使っている悪女として国外追放されるアンネリーゼ。実際は義妹・ビアンカのしわざであり、アンネリーゼは潔白であった。断罪後、親しくしていた、隣国・魔法王国出身の後輩に、声をかけられ、連れ去られ。 夢も叶えて恋も叶える、絶世の美女の話。 *五話でさくっと読めます。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...