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しおりを挟む「……私をフィラン様のものにしてください……一度だけでいいの……愛して下さい……!」
緊張で強く握り締められた小さな手。擦り剥いた場所に爪が食い込んでいるのに痛みを感じる余裕も無い。激しい胸の音を隠すようにエリーシャはフィランから目を逸らした。
そしてフィランは何も言わず顔を歪めたまま俯くエリーシャの顔を見つめていた。
そして永遠に続くように思えた沈黙が破られる。
「……塔の近くを騎士達の騎竜訓練の場にさせてもらうよう申請したのは私です……最初王には危険だと反対されて……」
こんな時にいきなり何の話だろう。
エリーシャは混乱した。
まさか関係ない話をして逃げようとしているのだろうか。
しかしそんなエリーシャの気持ちなど知らずフィランは続ける。
「朝と夕方……騎竜は太陽の光が差す加減に慣れる事が必要です。」
「はぁ……」
一体彼は何を言いたいのだろう。
私は一世一代の愛の告白……じゃないな。
その……“してくれ”と言ったばかりなのだが。
「そしてあの塔は私達竜騎士の帰還の際の目印でもある。」
「……はい……」
駄目だ。
もう絶望的な予感しかしない。
小娘の戯言を窘めよう的な雰囲気がムンムンと漂い始めたその時、フィランはぎゅっと握られたエリーシャの手に触れ、指を一本一本優しく開いて行った。
「……フィラン様……?」
「……私はいつもあの塔を目指していました。どんな時も……何があろうとそこに帰るために……」
そしてまたフィランは黙ってしまった。
(……終わったわ……)
エリーシャの全身から力が抜けた。
しかもものすごく訳のわからない終わり方だった。
騎竜訓練についてと帰還の目印について説明されただけだ。さしずめこれはフィラン流の新人指導と言ったところだろうか。
どうせ断るなら優しくなんてせずにバッサリやって欲しかった。
形のいい唇はもうそれ以上何も語ってはくれない。
せめて最後にその唇に触れる事は許してくれるだろうか。
エリーシャは祈るような気持ちでフィランの頬を包んだ。
僅かな動揺が手から伝わって来る。
どうか許して欲しい。
エリーシャはそんな気持ちでフィランの唇に自分のそれを重ねた。
想像していたよりもずっと柔らかい唇。
その気持ちよさにエリーシャはしばらくの間うっとりと酔いしれた。
そして唇が離れた後の喪失感に溜め息を一つついてから、キスを嫌がらずに受け入れてくれた彼に駄目元でもう一度だけ聞いてみた。
「……どうかその腕に私を抱いては貰えませんか……?フィラン様に恋人がいても構いません。今夜の事も決して他言したりしない。たった一度だけでいいんです。私に愛する人に愛される喜びを教えて欲しいの……!」
最後は声が掠れてうまく言えなかった。
こんなにお願いしても駄目なのだろうか。
「……お願いフィラン様……!!」
今度は目を逸らさなかった。
フィランの青い瞳はまるで彼の心の中を表すようにゆらゆらと揺れている。
「……あなたをずっと見ていました……」
「……え……?」
「朝と夕……昼の日差しは強いからバルコニーには出て来ない。だから……」
「だから……?」
「……だから理由をつけて騎竜訓練を朝と夕にしたんです……」
エリーシャは驚愕した。
嘘だ……。そんな事あり得ない。
フィラン様が私の姿を見るために訓練時間を決めた……?
「……フィラン様は私の事を……想ってくれているのですか……?」
するとまたフィランは黙ってしまう。
エリーシャはフィランの手を胸に抱いた。
「ちゃんと言ってフィラン様!!」
十も年下の私がここまで頑張って言ってるのに逃げるなんてひどい。
しかしフィランの顔を見るとまだ戸惑っているようだ。
だからエリーシャは覚悟を決めた。
胸に抱いたフィランの手を胸元に……直に肌に触れさせたのだ。
「ここまでしても駄目ですか?私に女としての魅力を何も感じてくれませんか?」
フィランは何かを堪えるように顔を歪めた。
「……私はノエルと同じです。生涯ただ一人しか番うつもりはない。そして私と言う名の檻に閉じ込めて決して逃がしはしない。あなたは本当にいいのですか?こんな私の愛がそれでも欲しいと?」
その言葉でエリーシャは気付いてしまった。
そうか……フィラン様の様子が変なのがこれでわかった。
一瞬彼も私の事を想ってくれているのかと思ったが、彼が私に抱いたのは私のとは違う気持ちなんだ。
さっき私は彼に“恋人がいても構わない”と告げた。きっとその言葉があったから口を開いてくれたのだ。
もう心に決めた方がいるのだろう。それなのにうっかり私みたいな物珍しい女に少し浮気心が湧いた。
優しい彼の事だ。きっと良心の呵責に苛まれていたのだろう。
ただ一人としか番う気がないから私とは遊びになるという事が言えなかったのね……。
「……構いません。フィラン様がただ一人としか番わないと決めていらっしゃるのなら私には口を挟む権利なんてない。私は今フィラン様に愛されたい……それだけなの……。」
エリーシャの言葉にフィランは目を見開いた。
「本当に……?本当にそれは姫の本心ですか?姫は本当に私と……!?」
エリーシャは笑顔で頷く。
わかってる。あなたにとってはたった一度の過ち。でもそれで私は救われるの。
「……愛してるわフィラン様……。もうずっと……。」
やっと言えた。
エリーシャはフィランに向かって微笑む。
一片の曇りないその笑顔を眩しそうに見つめるフィランの瞳から涙が一滴零れ落ちた。
「姫……!!」
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