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しおりを挟むいくら朝飲まなかったからと言って、立て続けに二本も飲ませるのはいかがなものなのだろうか。ご飯係に任命された身としては悩むところである。
しかしフィラン様は
「まだこの子の食事量がどれくらいのものかわからないので一応持ってきました。」
と言う。
とりあえず私はバルコニーの長椅子にフィラン様と赤ちゃん竜と共に座り、ノエルには楽にして待って貰う事にした。
てっきり昨日のように膝の上でミルクを飲ませるのかと思っていたのに赤ちゃん竜は私とフィラン様の間にちょこんと座って哺乳瓶を抱えた。
「どうしたの?昨日みたいにお膝に来てくれないの?」
エリーシャがそう聞くと子竜は恐る恐るフィランの方をチラッチラッと二度見した。
(……これは……きっと何か言われたのね……)
「フィラン様?赤ちゃん、お膝に乗せちゃ駄目でしたか?あまり人に懐かせちゃいけない決まりとかがあるのでしたら諦めますが……」
エリーシャの言葉にフィランは“いえ”と首を横に振る。
「赤子といえど体重は幼児よりもあります。それにこの哺乳瓶を抱えて膝に乗れば、姫の脚が……」
そう言ってフィランはエリーシャから目を逸らす。
何だか照れているようだ。
(そっか。団長たるもの女子の脚の事を気にしてるなんて思われたら恥ずかしいわよね。)
「心配して下さってありがとうございますフィラン様。そうですね……この子がもう少し大きくなったら抱っこは難しいかもしれませんよね。でも今ならまだ大丈夫ですし、何より私がしてあげたいのです。いいですか?」
「……姫がそう仰るのなら。」
「ピィィ!!」
フィランから抱っこの許可が出た時の子竜の反応は尋常じゃないほど速かった。出発前に一体何をどれだけ言い聞かされたのだろうか。
そしてエリーシャは涙目で抱っこを待ち侘びる子竜を優しく膝の上に乗せ、一生懸命ミルクを飲む傍らで歌を歌ってやった。
部屋から出れない病弱な身体でできる数少ない趣味。それが歌う事だ。と言っても歌う事すら難儀な日もあるのだが。
まるで空に溶けるようなエリーシャの歌声に、ノエルは目を閉じ天を仰ぐように聞き入り、子竜は哺乳瓶を吸いながら寝てしまった。
「あら!こんなつもりじゃなかったのに!」
飲みながらウトウトし、徐々に口が緩んでいったのだろう。
子竜は口の周りにミルクを塗りつけたようにして甘い匂いをさせながら、“グピッ”といびきのような音を立てて寝ている。
「うふふ……可愛いわ。」
布で口の周りを優しく拭いて哺乳瓶を口から外してやると、子竜はエリーシャの柔らかい胸にスリスリと顔を擦り付ける。
「フィラン様、ノエル。この子、このまま寝かせても大丈夫ですか?残ったミルクは起きてから飲ませますから。」
フィランの顔は無表情……ではなくどちらかと言えば何だか不機嫌寄りだ。
「あの……フィラン様……?」
「……また夕方迎えに来ます。」
フィランはそう言って子竜の額を軽くデコピンした。
「ピギャッ!!」
一瞬だけ目を覚ました子竜が額を押さえて辺りをキョロキョロ見回した時には既にフィランはノエルの背に乗っていた。
「あっ、フィラン様待って!」
エリーシャは一本だけ空になった哺乳瓶をフィランに渡す。
「あの……もし明日も熱が出なかったら、竜舎にお邪魔してもいいですか……?」
前回は夜のお忍びだったから中の様子がよくわからなかった。昼間はきっとたくさんの竜たちの姿を見る事が出来るはず。
「ではお迎えに上がりましょう。」
「いえ、それは申し訳ないですし……その……」
「?」
「実は……これを機に少し健康になりたいんです。なので自分の足で行けるようになりたくて……」
何て言ったって今の私には恋するパワーが漲っている。フィラン様にこっぴどくフラれるまでの期間限定の力だ。
これを今使わずしてどうする。
しかしそんなエリーシャの心など知らないフィランは良い顔をしない。
「急な運動は身体に負担をかけるだけです。特にこの塔の上り下りはよくない。」
(やっぱり駄目か……)
エリーシャはしゅんとして下を向く。
そんな様子に情けが湧いたのだろうか。フィランはエリーシャにこんな提案をしたのだった。
「では下で散歩をしましょう。」
「散歩……お散歩ですか!?」
「ええ。」
(お、お散歩!外で散歩が出来るなんてすごい!)
全然すごくないのだが、よくて城内の行き来をするだけで、ほとんど外に出た事のないエリーシャには夢のようなとんでもない話だ。
「行きます!行きたいです!お散歩!」
すごいすごいとはしゃぐエリーシャはいつの間にかフィランの手を握ってぶんぶん振っていた。
「あ……ごめんなさい!!」
はしゃぐエリーシャを眩しそうに見つめていたフィランは、急に放された手をぼんやり見つめている。
「フィラン様?」
どうしたのだろう。エリーシャは首を傾げてフィランを覗き見たが、その心まではわかるはずもない。
「いえ……ではまた夕方参ります。」
ただ一言そう言い残してフィランはノエルと共に空を舞ったのだった。
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