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8章
54 帰還⑩
しおりを挟む「な、なんだこれは!?」
上質な紙に流麗な文字で書かれていたのは…
【勃起不全改善薬…と見せかけて何でも正直に白状してしまう薬】
【育毛剤…と見せかけてじわじわと内臓を蝕む薬】
これはその中のほんの一部であり、まだまだ下にはズラリとろくでもない文字が並んでいた。
「なんだじゃないわよ。あんたなら作れるでしょ?よろしくね!」
「よ、よろしくねじゃない!何だこの無茶苦茶な効能は!?」
「あぁそれ?メインの効能が良くないと騙せないからあんたの腕の見せ所ってやつよ!」
自分に向かってバチーンとウィンクする次期フォンティーヌ公爵にギヨームは頭が痛んだ。
王宮での取り調べが一通り済んだ後、ギヨームは処刑された…事になっている。
オデットは警備を強化した公爵邸の離れに秘密裏にギヨームを連れてきた。劣悪な環境で飼われるのかと思っていたギヨームはその内装に腰を抜かすほど驚いた。
寝起きする空間から研究施設まで壁紙一つ取っても一級品。高額な最新の薬学の本もズラリと本棚に並んでいる。端っこにはちょっと大人な本まで……。
「外出は…見張り付きだけど散歩くらいならいいわよ!うちの庭広いから飽きないわよ。」
ギヨームは理解に苦しんだ。
本来なら即処刑の身である自分になぜここまでするのか。利用価値があるからと飼われるのは理解できる。だがこの環境は何だ。今も昔もこれほど贅を尽くした暮らしなどした事がない。
「だって環境って大事じゃない?小汚い小屋なんかじゃ良いもの作れないでしょ?」
そもそも自分が作るものは“良いもの”ではないのだが、この娘には本当にわかっているのだろうか。自分が寝首をかかれる可能性だってあるのだという事を。
「あぁそれと、人体実験したかったら言ってね?」
「はぁ!?」
「人道に悖る行為を犯した奴を殿下から貰って来るから。大丈夫。マリーの幼少期の下着でもちらつかせれば一発だから!」
「はぁぁぁ!?」
誰もが認めるこの頭脳でも目の前の女を計り知る事が出来ない。
呆気に取られるギヨームにオデットは笑う。
「変な女だと思ってるんでしょ?まぁ当然よね。」
でも、と付け加えオデットの顔付きは真剣なものに変わる。
「女の身で戦って生き残るためには誰にも負けない武器がいるの。私はあんたの頭脳とそれが生み出す物に賭けてる。」
さっきとは打って変わったその表情にギヨームは引き込まれた。
「…そこまでする理由は…?何かあるんだろ?」
どうせ教えはしないだろうと思ってはいたが、意外にもすぐ答えは返ってきた。
「昔ね…大失恋したのよ。私は運命の恋だと思ってた。でも相手が欲しかったのは私じゃない。私の持ってるものだった…。」
この女…自分の素性を知っての上で作り話をしているのだろうか。最愛の人に裏切られ狂っていった自分の共感を得ようと…?
いや違う。この目は嘘をついていない。
「別に自分の人生諦めた訳じゃないの。誰よりも幸せになってやるってちゃんと思ってるわ。だから戦うの。自分らしく生きるためにね。そのためにはあんたが必要なのよ。」
蔑むでも憐れむでもない。
まるで自分を認めているような目だ。狂人扱いされてきた私をまるで同士のように……。
「…やる気が出たらで構わないわ。研究に必要な物があったらいつでも言って?気長に待ってるから。」
そう言ってオデットは部屋を出ようとしたがその時だった。
「まずは勃起不全改善薬…と見せかけて自白させる薬からだ…育毛剤はその後作る。だからそれまでにハゲ頭を用意しとけ…。」
後ろ向きにボソボソと言うギヨームにオデットは最高の笑顔を向けた。余計な言葉付きで。
「わかったわ!でもまずはあんたの頭で実験するのが一番じゃない!?」
ギヨームは苦虫を噛み潰すような顔をして、これには答えなかった。
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