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8章

51 帰還⑦

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    「え…?シャルル様がマーヴェル領へ!?」

    シャルル様の宮へと案内され、お茶を頂いていたその時だった。

    「うん…。さすがに今回ばかりは誰かに任せる訳には行かなくてね。」

    オットー公爵に続きへルマン侯爵が取り潰された時点で既に凄い騒ぎだったのに、マーヴェル公爵家までもが取り潰しとなった前代未聞の騒ぎに揺れる国内を抑えるため、なんと王族であるシャルル様が“公爵”としてマーヴェル領の統治に赴く事になったそうだ。

    「兄上とマリーに子供も生まれる。僕はいずれ臣籍降下して城を離れる予定だったしね。ちょうどいいタイミングだよ。」

    ちょうどいいってそんな…シャルル様はまだ十歳なのに…。
    ユーリの方を見ると落ち着いた様子でお茶を飲んでいる。そして私の視線に気付き微笑んだ。

    「言っただろう?お腹の子は女の子だって。」

    【お腹の子は女の子だよ。間違いない。】

    確かにダレンシアでユーリは言っていた。

    「あれって…まさかこの事を言ってたの?」

    「あぁ。お腹の子はマリーに似た美しい女の子に違いない。だからあらかじめ悪い虫を追い出すよう神が計らったのだろう。」

    「わ、悪い虫って…自分の弟なのに…!」

    シャルル様の笑顔がピキピキしてる事に気付いているのかいないのか。この悪…いえ、王子様は尚も煽る。

    「まぁさすがに十も年が離れていれば我が娘の眼中にも入らないだろうが念には念を入れよと言うしね。遠く離しておいた方が安全だ。」

    しかし末っ子というのはたくましいのだ。シャルル様はユーリの嫌味に負けじと応戦する。

    「十歳差って事はその子が十六歳の時僕は二十六歳。僅か十歳で赴いた先で数々の功績をあげた美しく素敵な叔父様に惚れて城出して来る事間違いなしだ。安心して任せてマリー。僕が紳士で優しい事はよく知ってるでしょ?」

    …いつぞや私の手首を掴んで押し倒して泣きながらキスしてましたがあれを紳士と呼べと?
    いつか私の娘もシャルル様にキスされながら絨毯を転がされるのかと思うと…ちょっとそれは複雑すぎる…。

    「あぁそれと…その頃兄上は三十路半ばでだいぶくたびれてるだろうから、嫌になったらマリーもいつでも逃げておいで?若く美しく体力もある僕が骨が溶けるくらいたっぷりと癒してあげる。」

    ユーリのカップを持つ手がギリギリミチミチ言っている。もうやだほんと。


    「マーヴェル領と言えば…あの…マリアンヌ様は今どうされているんですか?」

    「あぁ…彼女ね…。」

    ユーリもシャルル様も遠い目をしている。
    マリアンヌ様を共に攻略せんと共闘した過去もある二人だ。こちらもまた複雑な気持ちなのだろう。
    そして先に口を開いたのはユーリだった。

    「最初は娼館あたりから適当に見繕ってきたのだろうと思っていたんだ。だが違った。本当だったんだよ。」

    「本当?何が?」

    「マリアンヌがダニエルの子だというあの話。本当だったんだ。」

    「えぇっ!?」

    ダニエル様の奥方ジョセリン様と共にダレンシアから来たと言う侍女。ダニエル様が手を出して生まれたのがマリアンヌ様というあの話。

    「で、でもどうしてわかったの!?」

    当時の関係者をしらみつぶしに当たる時間はとても無かっただろうに。

    「あれはびっくりしたねー…。まさか取り調べであんなに暴れるなんて。まぁそのお陰でわかったんだけどね…。」

   シャルル様はその時の事を思い出しているのだろうか。嫌な物でも見たような顔だ。
   
    「一体何がわかったんですか?」

    「…取れたんだよ。カツラが…。」

    「カツラ!?」

    えっ?マリアンヌ様がカツラ?だって私ととてもよく似た髪色だったのに…あれ、偽物だったの!?

    「瞳はさすがに本物だったんだけど、髪は赤毛だったんだ。とても鮮やかなね。」

    鮮やかな赤毛…ダニエル様とジョエル様と同じだわ!でも何故カツラなんかを?そんなの被っていたから出自を疑われたようなものなのに。

    「…最初ジョエルは私がマリーの美しさに惹かれたと思っていたんだろうね。だから君への興味を失わせようと代替品を用意したのさ。幸いと言うか二人の瞳の色はほぼ一緒。もちろんマリーの方が数千倍美しいけどね。…あとは髪色を変えれば完璧だとでも思ったんだろう。」

    「カツラが吹っ飛んだ後はもう大変だったよ。叫んで泣いて…周りも止めるのに必死で地獄絵図って感じ。まぁ僕は結構楽しかったけど。」

    シャルル様…。さすが十歳にして公爵領の統治を任されるだけある。そんな状況で笑えるなんて、心構えがどっしりしているわ。

    「それでマリアンヌ様は何て…?」

    ユーリは呆れたように溜め息をついた。

    「本人が言うにはある日突然ジョエルが現れて有無を言わさず公爵邸へ連れて来られたそうだ。の身で逆らう事も出来ず言う通りにするしかなかったと。その後私はダレンシアへ発ったから…どうなったんだシャルル?」

    「うん。兄上が発った後マリアンヌが元々暮らしていた周辺を調査させたんだ。」

    マリアンヌはマーヴェル領の外れの町で気の強い商売上手な娘で知られていた。小さな酒場で働き生計を立てていたそうだ。

    「酒場…ですか…。」

    「女性には言いにくいんだけど…酒場と言ってもその…場合によっては男の相手もするような所でね。」

    シャルル様は気まずそうだ。
    しかしあの物怖じしない強気な姿勢と男に媚びるような態度はそこからきていたのかと思うと納得出来る。美しい女性だ。今までならそれで何とかなってきたのだろう。ただ今回は仕掛けた相手が最高に悪すぎた。

    「夜働いていたのは理由があった。病の母親の看病をするためだったそうだ。」

    マリアンヌの母はジョセリンから逃げるようにしてマーヴェル家から去った。しかし見知らぬ国で何の伝手もない女性が子供を抱えて生きて行くのは想像を絶する苦労だったのだろう。無理が祟ったマリアンヌの母は身体を壊し、寝たきりになってしまった。
    昼間は床から動く事もままならない母親の看病をしなければならない。そうなると職種も限られてしまう。マリアンヌは仕方なく…だが決して悲観せず強く生きていた。

    「そこへある日突然領主様の息子がやってきた。町は大騒ぎだったそうだ。」

    「ジョエル様が……。」

    「ジョエルは病の母親を設備の整った施療院へ預ける事を条件にマリアンヌに兄上の婚約者になれと迫ったそうだよ。」

    そしてマリアンヌは引き受けた。母親に十分な治療を受けさせるために。

    「罪はまだ保留にして今は独房にいる。ただ…」

    シャルル様は難しい顔をした。

    「マーヴェルの一族は皆大罪人扱いだ。マーヴェル領の施療院にいる母親の待遇は最悪だろうね。何も知らない母親には何の罪も無い。どうしたものか…。」
    
    こんな事に巻き込まれなければ 今頃母娘慎ましくも幸せな日々を送っていたのかも知れない。

    「…マリー……。」

    ユーリが子供を叱るような目で私を見た。

    「…わ、わかってるわ。優しさでは人は救えない。でも…でも…!」

    どうにも納得がいかない。私の納得など関係ないのもわかってる。でもせめて彼女の意向だけでも…お母さんへの気持ちだけでも聞いては駄目だろうか。
    ユーリもシャルル様も呆れた顔で私を見ている。うぅ…視線が痛いし辛い。けど仕方ない。
    けれどしばらくしてシャルル様は諦めたように言ってくれたのだ。

    「…話すだけ…話すだけだからね…。もう一回言うよ?話すだけだからね?」

    「シャルル様!!」

    感動してその首元に飛び付くと

    「…いい…。」

    と呟く声と、再びティーカップがミシミシと軋む音がした。

    

    


    



    

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