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8章
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しおりを挟むいつものユーリとまるで違う。
返り血だろうか。彼の様子を見る限りそのようだが全身に浴びている。そして美しい銀の髪も土埃にまみれその輝きを失っていた。
だが血だらけでも砂まみれでも何でもいい。
とにかくその腕に抱かれたかった。
けれど手は彼に向かって伸びるのに、足にまるで力が入らない。心のどこかでもう彼を失ってしまったのだと思っていたのだろうか。自分でも気付かぬうちに諦めてしまっていたのだろうか。
「マリー!!!」
ユーリは私の元へ急ぎ抱き締めようとするが、汚れた自分の身体に気付いたのか躊躇する。
(…勝利を収めた後にすぐ…疲れきっているだろうに急いで来てくれたのね…)
「ユーリお願い。足に力が入らなくてあなたを抱き締めに行く事が出来ないの。だからあなたが抱いて。早く……!!」
私はそんなにひどい顔をしていたのだろうか。ユーリは辛そうに顔を歪めて私を抱いた。
「マリー…!!」
血と土と汗の匂い。その奥に私の大好きな彼の香り。
「マリー、終わったよ。もう君と…君とお腹の子と離れる事は二度とない。」
「本当に?本当に終わったの?」
「あぁ。それとほら、見てごらん!」
ユーリは私を軽々と抱き上げて外へ連れ出した。
「あれは……!!」
「マリエル様ーっ!!」
家の外にはこれまたボロボロのクリストフ様と
「クリストフ様!それに……あの時の筋肉の壁の皆さん!」
私をユーリの宮まで覆い隠してくれた立派な筋肉隊。間違いない。でもどうしてここに皆さんが!?
「可愛い我が子を追い掛けて来たんだ。レーブンに逆らってね。でもそのおかげで助かった。」
「まぁ……!!」
クリストフ様が照れ臭そうに頭を掻いている。けれど誰よりも彼が一番嬉しかったはずだ。
「皆さん…ヴィクトル様の事は本当に申し訳ありませんでした……。私の護衛になってしまったばかりにあんな……あんな目に……。」
泣いてはいけないと思っても涙は勝手に出ていってしまう。
「「マリエル様!!」」
しかし皆は私の名を呼んだ後、どうか謝らないでくれと言う。
「俺たちはいつも覚悟しています。命の終わりや友との別れを。ヴィクトルだってそうです。俺達は例え死んでも仲間と共にある。俺達がいる限りヴィクトルの想いは死にません!これからもずっと!」
「……皆さん……!!」
きっとその通りだ。ヴィクトル様のクリストフ様への強い想いが、レーブン公爵に逆らう事に少なからず躊躇したであろう皆さんの心を突き動かしたのだ。
なんて素晴らしい人達なんだろう。
私を責めるどころか元気までくれるなんて。
「マリー、クリストフは結婚するってさ。」
「えぇっ!?」
「ちょ、ちょっと殿下!!いきなりマリエル様に情報詰め込みすぎ!!混乱しちゃうでしょ!」
クリストフ様の後ろで皆が囃し立てるように口笛を吹く。
もう色々ありすぎて混乱なんてものではない。
さっきまでは遂に最期の時が来てしまうのだと思っていたのに。
「クリストフ様…リンシア王女を大切にして差し上げて下さいね。」
私の言葉にクリストフ様は顔から火を噴いたように真っ赤になる。
「マリエル様も知ってたの!?もう!…でもありがとうございます。彼女の事は世界一大切にするよ。とても辛い想いをした人だから、僕が幸せにしてあげたいんだ。」
そう言って笑うクリストフ様の顔は、初めて会った頃よりずっと大人びて見えた。
「……ねぇユーリ?ダレンシア国王陛下をお救いする事は出来たの?ラシード将軍とジョエル様は……?」
ユーリの顔つきがとても真剣になり、周りの皆も黙ってしまった。
「ちゃんと説明する。まずは城へ戻ろう。」
何故だろう。あんなに怒りを抱いていたはずの皆の顔はとても複雑そうだった。
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