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7章

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    「さぁ、残念ですけどそろそろ……。ジョエル様も戻られる頃です。」

    リンシア王女は申し訳なさそうに寄り添う私達を見る。
   
    「…ユーリ……。」

    わかってはいるけどやはり辛い。せっかく会えたのに。もう二度と会えなかったらと思うと怖くて離れられない。

    「マリー……お腹の子を一人で守らせる事になってしまってすまない。だが必ず君をジョエルの元から助け出す。だから私を信じて待っていてくれ。愛してるよ…私の大切な人。」

    ユーリは名残惜しそうに私を抱き寄せ、髪に、額に、頬に、最後に優しく唇にキスをした。

    「アラン、ユーリの事をお願い!そしてクリストフ様、皆さんもどうかご無事で……!」

    私は必死に涙を堪え、部屋を後にした。

    「さぁマリエル様!いかにも楽しくお茶会をしていたと思わせなければなりませんわ!」

    「はい!たくさん食べて飲んで笑いましょう!リンシア王女!」

    あと私達が皆のために出来るのは笑って送り出す事だけ。そしてジョエル様の目をどうにかして皆から逸らす事だけだ。

    そしてお茶の席へ戻ってしばらくするとジョエル様が私を迎えに来た。

    「マリー、迎えに来たよ。リンシア王女との話は楽しかったかい?……少し目が赤いね。何かあったの?」

    泣き腫らした目ばかりはどうにも誤魔化せない。でも私には今とても良い言い訳の材料がある。

    「…リンシア王女からお父様の憔悴した様子を聞いてつい…。」

    「そうか……リンシア王女、マリーは今心身共に不安定な状態ですからあまりその話は……」

    「エル、私がリンシア王女に無理を言って教えて貰ったの。リンシア王女は何も悪くないわ。むしろ黙っていてくれたのよ。だから…」

    真っ直ぐ目を見てお願いすると、ジョエル様は困ったように笑ってリンシア王女に謝罪した。

    「すみませんリンシア王女。私はマリーの事となるとつい……」

    「構いませんわ。仲がよろしくて羨ましいですわね。ねぇジョエル様?またマリエル様を連れて来て下さいませんか?」

    ジョエル様はおや?という顔をする。

    「リンシア王女とそんなに仲良くなったのマリー?」

    「ええ。私もまたお邪魔したいわエル。だって楽しくて全然時間が足りないんだもの………ダメ?」

私がリンシア王女に会いに来る間はさすがに王家の皆様に手出しするような事はないだろう。ユーリ達の準備が整うまでの間、出来るだけこの人の動きを遅らせたい。
    
    「私にはダレンシアに誰もお友達がいないし……。」

    元々いないけど。

    「わかったよマリー。リンシア王女、またお邪魔してもよろしいですか?」

    「えぇ、大歓迎ですわ!」




*************





    後ろ髪を引かれる思いで城を後にした私は今日の事を思い返しながら帰りの馬車に揺られていた。

    「疲れたかい?」

    不意に声をかけられここがジョエル様の膝の上だった事を思い出す。久し振りに抱かれたユーリの腕の中と全然違う。

    「ほんの少しだけ。でも連れて行ってくれてありがとう。とっても楽しかったの。ここに来てからずっと不安で寂しかったから…。ねぇエル?」

    「なに?」

    「今日は何をしてたの?」

    ふと、私達が話していた二時間ほどの間この人は一体どこで何をしていたのだろうかと疑問が浮かんだ。

    「あぁ…知り合いに会っていたよ。」

    「お知り合い?」

    誰だろう。母方の縁者だろうか。

    「ああ、王宮の専属医をしていてね。マリーの身体の事についてもよく聞いてきたよ。悪阻のひどい時はこうやって気分転換をするのも一つの手だって。だから今日は本当に良かったね。」

    王宮の専属医…!この人と繋がりのあるダレンシアの医師は一人しかいないはず。

    「お医者様のお知り合い?どんな方なの?……エルみたいに素敵な人?」

    私のお世辞に気を良くしたのかジョエル様の口が軽くなる。

    「どうしたのマリー?今日はとても機嫌がいいね。でも嬉しいよ…ここのところ君とはずっとギスギスしていたから……。えーっと何の話だったっけ?あぁ、医者の話だったね。名前はギヨーム。ギヨームって言うんだけど、俺には全然似てないよ。」

    ジョエル様は何やら苦笑いだ。私は不思議そうな顔を返してみる。

    「うーん…何て説明しようかな。…身体的特徴であって悪口じゃないからね?まず頭は禿げてる。ピカピカ。」

    「ピカピカ?」

    「うん。眩しいよ。離れた所から見ると後光が射してるみたいにね。あと背は小さい。俺の半分くらいかな。」

    「半分?冗談でしょう?」

    「バレたか。さすがにそこまでは小さくないけど、でもマリーよりは小さいかな。」

    ……間違いない。リンシア王女から聞いた特徴そのままだ。一体ギヨームと何の話をしていたのだろう。ダレンシアを奪う計画の進行具合だろうか。

    「私も見てみたいわ。ピカピカ。」

    「見たいの?じゃあ次に王宮へ行った時にでも会わせてあげるよ。でも笑わないでね。約束だよ?」

    「笑いそうになったら悪阻のふりをするから助けてね。」

    私の言葉にジョエル様は口を開けて笑った。
    





***********






    その夜、ベッドに横になるといつものようにジョエル様が隣に滑り込んでくる。
   
    「マリー…」

    彼は私の身体に手は出さないが、こうやっていつも唇を求めてくる。まるで私の気持ちを探るように。
    最初は息苦しいだけの激しいキスだったが、この頃は気持ちが落ち着いたのだろうかずいぶん優しくしてくれるようになった。

    「…明日は少し出掛けて来る。ここで良い子にしていてね。」

    「どこに行くの?」

    彼は私の問いに答えずにまたキスをする。
    一体どこに行くと言うのだろう。早ければ明日にもカイデン将軍が王宮に来るはずだ。勘の鋭いこの人がその様子を見れば何かに気付いてしまうかもしれない。何とかしてここに留めておくことは出来ないだろうか。

    「…明日はエルと一緒にいたい……」

    「…マリー……どうしたの?そんなに甘えてくれるなんて…。」

    「…甘えたら駄目…?」

    「いや…嬉しいよ。とても。でも明日は…ごめんね。すぐ帰ってくるから。」

    「…いや……お願いだから行かないで……」

    お願いだから王宮には行かないで。ユーリに気付かないで。

    「ほら、こっちにおいで。今夜はこうしてずっと抱いていてあげるから…だから泣かないで。妊娠初期は特に不安定になるんだってね。大丈夫だよ。用が済めば明日はずっと側にいる。たくさん甘やかしてあげるからね。…お休みマリー……愛してるよ。」


    その夜、私は彼が寝息を立て始めた後もずっと眠る事ができなかった。

    

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