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 「ねぇ、これでもう最後なんて言わないでよ。あたし、奥さんにしてくれなんて図々しい事言わないからさ……今までみたいに、ね?」

 粗末……とまではいかないにしても、決して良い造りとは言えない部屋に置かれた寝台の上で、女性はクリューガー卿の上に跨っていました。

 「悪いがそれは無理だ。それに今日だって本当は寄るつもりはなかったんだ。それなのに……」

 「無理矢理連れ込んだのは悪かったと思ってるわよ。でもあんたがあんまり素っ気ないから悔しくて……ねぇ、もっとして?」

 女性は蠱惑的な表情で、誘うように腰を前後に動かします。
 しかし、クリューガー卿は心ここにあらずといった感じで、薄暗い宙をぼんやりと見ています。

 「ねぇ、どうしたの?いつもは戦場帰りでもお構いなしに激しくしてくれるのに、今回はそんなにきつい戦いだったの?」

 戦場帰り……という事は、ここは酒場か娼館なのでしょう。
 そしてクリューガー卿は彼女の馴染みの客だった。
 急激に自分の心が冷えて行くのを感じます。
 わかっています。彼のような大人の男性に、こういう関係の女性がいない訳がありません。
 ですが、どうしてこんなにも胸が痛むのでしょう。

 「ベラ、本当にこれで最後だ。今夜は、長い付き合いのお前に最後の挨拶をしようと思っただけだ。団員たちとはこれからも仲良くしてやってくれ」

 「ちょっとハロルド、いったいどうしたのよ?あんたらしくない、ほら、どう?あんたこれ好きでしょ?」

 

 お互いを名前で呼び合う仲なのですね。
 ベラと呼ばれた女性はクリューガー卿の上で踊るように激しく腰を動かします。
 与えられる刺激に耐えかねたのか、クリューガー卿は女性を寝台の上に寝かせ、先見で私にしたように、彼女の股を大きく開かせます。
 女性が期待に満ちた瞳で彼を見ると、そこからはもう……とても見てはいられませんでした。
 部屋に響く嬌声と派手に軋む寝台。
 先見の力はどうして今こんなものを私に視せるのでしょう。
 悲しくて悲しくてたまりません。
 お願いだからもう元の場所に戻して。
 そう強く願った瞬間でした。
 暗闇が目の前を覆い、私は現実に戻ったのです。

 「殿下!?しっかりしてください!!」

 目の前には青い顔をして慌てるクリューガー卿が。
 私は仰向けのまま、瞳からは涙を流していました。

 私が視たものは、いつ起こる未来なのでしょう。しかし、あのベラという女性の言っていた『今回はそんなにきつい戦いだったの?』というひと言。どうやら彼女は戦いの内容や規模を知らないようでした。
 通常なら有り得ません。
 王都に住んでいれば、どうやっても噂は耳にしますし、出立の様子も目にしますから。
 ですが例外があるとすれば、今回のクリューガー卿率いる第一騎士団のリヴェニア行きです。急な事ですから、彼らが何のためにどこに行くのかは誰も知りません。
 だとしたら、あれは彼の帰還直後に起こる出来事なのでしょう。

 ──馬鹿みたいですね……

 彼は私への愛を口にしていましたが、愛があるのなら他の女性なんて抱くはずがありません。彼にとって私は大勢の女性の中のひとり。
 王族で先見の姫という立場にあるから、こんな風に大切に扱ってくれるのですよね。 
 男女の行為を恐れる私の心を解す事くらい、女性慣れしている彼にはなんて事のない話。
 ベラさんの元を訪れるのが最後だと言ったのも、おそらく体裁を気にしての事でしょう。
 王族と婚姻を結ぶのに、娼館通いが知れたらまずい事になるから。
 でもほとぼりが冷めた頃にまた通いだしたり
愛人として迎える人もいると聞きます。
 もしかしたらクリューガー卿もそうするつもりなのかもしれません。
 
 本当に本当に、馬鹿みたいです。
 彼の事を知る必要なんてなかったのです。
 先見の力の言う通り、抗えない未来なのだと最初から黙ってすべてを受け入れておけば、こんな思いをする必要もなかったのに。
 彼の言う事を疑いもせず、されるがまま受け入れていた私は本当に大馬鹿者です。
 
 

 


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