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しおりを挟む『先見の姫を殺してしまおう』
私が十八を迎えたその日、誰かの思念が唐突に頭の中に流れ込んできました。
それはやがて鮮明な映像に変わり、私は声の主を知ることになるのです。
西の隣国リヴェニアの王グレゴール。
彼の国こそ、二歳の私に先見の力を顕現させるきっかけとなった戦を仕掛けてきた国です。
早々に開かれた会議の場で、重臣たちは怒りを露にしました。
「我が国の至宝、アンネリーエ殿下の命を狙うなどと言語道断!今すぐにリヴェニアへ攻め込むべきです!」
しかし、リヴェニアへの侵攻を声高に叫ぶ者たちに、私は諭すように話しかけました。
「皆さまの気持ちは大変嬉しいのですが、私は自分の命を守るためとはいえ、戦により罪もない民草の命が失われることは望みません」
「しかし殿下!だからと言ってこのまま黙って見過ごすわけには参りません。奴らが攻めてくるとなれば、少なからず我が国の民にも被害が出ます!」
「私が見たものはあくまで近い未来に起こること。今はまだ事が起こる手前の段階です。理由なき侵攻は、他国からの非難の的となります。ですが私とて黙って殺されるつもりなどありません。とにかく今は冷静になり、こちらも対抗策を練りましょう」
私の言葉に会議場は少し静けさを取り戻しました。しかし、そこで一人の男性が手を挙げたのです。
「ハロルド、なにかあるなら申してみよ」
父王に名前を呼ばれた男性は、精鋭揃いと名高い第一騎士団を率いる団長、ハロルド・クリューガー卿。
光の角度で色が変わる不思議な宵闇色の瞳は、真っ直ぐに私に向けられていました。
「この件、どうか私にお任せいただけないでしょうか」
「任せる……とは?ハロルド、お前がグレゴールを仕留めるとでもいうのか」
「その通りでございます。お任せいただけるのであればこのハロルド、民草を巻き込むことなくリヴェニアの企みを潰してみせましょう」
会議場は騒然としました。
臣下たちは口々に『そんなことできるわけがない』とまくしたてています。
実際その通りだろうと私も思いました。
民草を巻き込む事なく他国の王をその座から降ろす……まさか無血開城をさせるとでもいうのでしょうか。
いくら第一騎士団が精鋭揃いといえど、そんな夢物語のような事を実現できるとは、私を含めこの場にいる者たちには到底思えません。
そして交渉のテーブルにリヴェニアがつくとも。
しかし、クリューガー卿の目は真剣そのものです。
「我が国の至宝。尊きアンネリーエ殿下、どうか私の未来を視ていただけないでしょうか。この言葉がはったりではないと、そのお力をもって証明してください」
私の持つ力は二つ。
一つは未来に起こる出来事や、誰かの思念が脳内に流れ込んで来るもの。
もう一つは身体の接触により、その人物の未来を見るものです。
二つ目は、これまでの先見様の誰もが持ち得なかった力。
これこそが、臣下たちが必死になって私を守ろうとする最たる理由なのです。
しかし二つ目の力には少々問題がありました。
「……ご存知かとは思いますが、個人の未来は必ずしも視れるとは限りません」
なぜなのかはわからないのですが、この力は視たい未来を見れるのとは少し違うのです。
視えるのは、私にこの力を授けたと思われる目に見えない大いなる存在が、必要だと判断した事象だけ。
「構いません。ですからどうか、私がその御手に触れることをお許しください」
そこまで言うのなら仕方ありません。
彼がどのようにしてリヴェニアの企みを食い止めるつもりなのかはわかりませんが、私は無益な戦いを望みません。
もしも彼の未来が視えたとして、その結果が私の望む平和的解決ではなかった場合、何があっても止めよう。そう思いました。
「わかりました。クリューガー卿、どうぞこちらへ……」
許可を得たクリューガー卿は席を立ち、私の前まで来ると恭しく跪きました。
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