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しおりを挟む捨てられるケースその②第二王子ルシアンの場合
「そんなに詰めて重くない?」
ルシアンが部屋に戻ると、第二王子宮付きの専属侍女たちが、心配そうな面持ちでハリーを囲んでいた。
「わふっ!!」
ハリーの小さな背中には、彼専用に改良された背負える巾着袋が。しかし妙なのはそれがパンパンに膨れ上がっていることだ。
あれは新しい玩具など、ハリーがアナスタシアに見せたいものがある時によく使っていた袋だ。
それが今日はパンパンに膨らんで、ずっしりと重そうだった。
「ハリー、シア姉さまは今忙しいんだ。今日は行くのやめといたほうがいいよ」
「まあ、ハリーちゃんたら!うふふ、駄目よ」
しかしハリーはルシアンなど視界に入れず、侍女たちの顔をペロペロと舐めている。
だがなんだか様子がおかしい。
ひとしきり侍女に甘えたあと、“キュウン……”と淋しそうにひと鳴きするのだ。そしてまた次の侍女も同じように顔を舐め、最後に鳴く。
まるで最後のお別れのように。
(……なにかおかしいな)
「ねえ。ハリーの背中の袋、なにが入ってるの?」
するとさっきまでハリーに舐められていた侍女が、ハンカチで顔をふきながら答えた。
「あれは、ハリーちゃんが大好きなお芋です」
「芋?」
「はい。ですがいつもおやつに食べている蒸かしたお芋ではなく、生のお芋です」
侍女曰く、ルシアンが戻る少し前、ハリーは天使のようなまん丸かつ潤々なお目々で侍女を見つめてきたそうだ。
それはおやつをねだる時のハリーの常套手段。
そして、侍女が芋を蒸かしてもらおうと調理場へ向かうと、何故かハリーもついてきて、その後芋が置いてある貯蔵庫にまで入ってきた。
そしてハリー専用にわけて置いてある糖度の高い芋の中から更に自分で芋を厳選し、部屋に運ばせたというのだ。
その後は自分で部屋の奥からお出かけ用巾着袋を咥えて持ってきて、そこに芋を詰めて欲しいと訴えたのだとか。
「生のお芋なんてどうするのかしらと思ったのですが、ハリーちゃんがどうしてもというので……」
そこでルシアンはピンときた。生の芋は保存がきく。ハリーはどこかに行くつもりなのだ。
そして今夜どこかに行こうとしている人がこの王宮にはもう一人……アナスタシアだ。
「ハリー!!お前まさか僕を置いてシア姉さまのところへ行くつもりじゃないだろうな!?今まで育ててやった恩を忘れたのか!?」
「わふぅぅ……(アナスタシアに捨てられた君なんてもう用無しだよ……)」
ハリーは侍女に抱きつき背中越しにルシアンを見る。
(蔑まれている気分になるのはなぜだっ……!!)
そして、侍女たちとの別れの挨拶が終わると、短い足で床を小さく踏み鳴らしながら扉に向かった。
一度もルシアンを振り返らずに。
扉の締まる音が虚しく響く。
ルシアンは身体の力が抜け膝から崩れ落ちた。
「ル、ルシアン殿下!!」
侍女たちが心配そうに駆け寄るが、ルシアンの頭の中はそれどころではない。
──あいつ、これまで世話になった僕に礼も言わず、芋だけ持って出て行ったぞ……
まずい。ただでさえアナスタシアを怒らせたのに、ハリーまでいなくなったら和解は絶望的だ。
どうする。どうするんだルシアン。
【私は汚い手を使う子は嫌いよ。その手紙を読んでよく考えなさい】
ルシアンはよろよろと立ち上がり、机にしまってあったゴドウィンの手紙に再び目を通す。
(この内容……ゴドウィンが姉上に忖度して書いたのかと思ってたけど……違ったのかな……)
「……だからって、じゃあどうすればよかったんだよ……大切なシア姉さまを“よろしくどうぞ”と黙ってすんなり渡せばよかったの?平民の血が混じっていて、しかも家族からは冷遇されて育ったあの男に?」
そんなの無理だ。
だって力もない味方もいない男が、アナスタシアを守りきれるわけないじゃないか。
それは、王族という権力の頂点にいる自分だからこそ、身に沁みてわかる理屈だ。
それはアナスタシアだってわかってるはず。それなのになぜなんだ。
汚い手が駄目だというのなら、正々堂々潰しにかかってやろうと思っていた矢先のこの出来事。
いったいどうしたらアナスタシアは許してくれるのだろう。
「……これはもう、決闘しかないか……」
「ですがルシアン殿下……殿下の剣技は騎士団長が匙を投げるほどの腕前で……」
心配してくれたのだろうが余計すぎる一言が侍女たちから飛び出た。
「わ、わかってるよ!!それに剣なんか出したら姉上にもっと怒られるじゃないか。こうなったら……よし。健全に腕力勝負だ!!」
とにかく姉上と縁を切られることだけは避けたいし、僕に勝る男にしか姉上を渡したくない。
ついに僕のポテンシャルを発揮する時がきてしまったようだよ。待ってろよアーヴィング。
僕はお前を倒し、必ずや姉上の信頼を取り戻す。
ルシアンは上着を脱ぎ捨てるなり、アナスタシアの宮へ向かって駆け出して行った。
*
侍女たちが荷造りに奔走する室内で、指示を終えたアナスタシアは、ソファに座るアーヴィングの隣に腰掛けた。
「急にこんなことになってしまって本当にごめんなさい。お兄さまとルシアンの態度に頭にきてしまって……」
「あ、謝らないでください!俺はその……殿下のそばにいられることになって嬉しいです」
「そう言ってくれると助かるわ。私もどうやってあなたをあの家から出そうか悩んでいたから。お父さまがいるあの場で話ができたのは幸運だったと思ってる」
それにしても疲れた。
アナスタシアはアーヴィングに寄りかかる。
「大丈夫ですか?」
「うん……明日はもしかしたら熱が出ちゃうかも……」
ダンスも踊ったし、公爵の名も授かった。兄と弟は捨てたし、おまけに今夜からアーヴィングと暮らします宣言までしたのだ。
体力的にもさることながら、こんなに感情の起伏の激しい一日は、人生で初めてかもしれない。
「大丈夫です。なにかあっても俺が一晩中看病します」
「一晩中?じゃあ一緒に寝てくれるの?」
「え!?」
「だって初めて寝泊まりする場所だもの。不安じゃない。あなたも私が心配でしょ?」
「でもそんな……!」
疲れているせいだろうか。わがままを言って困らせたくなる。
これじゃまるで子どもみたいだ。
「駄目……?」
「駄目………………じゃありません……」
「ふふ……アーヴィング、大好きよ」
温かい胸に頬を寄せると、そっと肩を抱かれた。なんだか身体がふわふわする。
「アーヴィング……私、眠っちゃうかも……」
「大丈夫です。俺が殿下を抱いて行きます」
「それなら安心だわ……」
このままアーヴィングにすべてを委ねてしまおう。そう思って目を閉じた瞬間だった。
「みゃぁぁぁぁぁぁあ!!」
「ワォーーーーーーン!!」
扉の外から聞こえてきた雄叫びに、アナスタシアは驚いてアーヴィングにしがみついた。
「なに!?」
するとノックの音と共に入口の扉が僅かに開き、外にいたイアンが顔を出す。
「イアン、いったい何事!?」
「……転居希望者です。多分」
「転居希望者?」
すると、扉の隙間からするりと入ってきたのは大荷物を抱えたイヴとハリー。
二人は仲良く寄り添いながらアナスタシアのそばに来ると、それはそれは可愛い声で鳴いた。
「みゃあ♡」
「わふっ♡」
だが二人はアナスタシアを支えるアーヴィングに気づくと急に真剣な表情になった。並んでおすわりをして、アーヴィングの顔をじっと見つめている。
「二人とも、アーヴィングは初めてよね。アーヴィング、イヴとハリーよ。イヴはお兄さまの、ハリーはルシアンの子なの」
「そうなんですね……殿下、少し失礼します」
「え?」
アーヴィングはアナスタシアの身体をゆっくりとソファに寄りかからせると、ソファから降りて膝をついた。
目線が近くなり、イヴとハリーは僅かに身体を揺らすが逃げはしなかった。
「イヴ、ハリー、初めまして。二人ともすごく美しい毛並みだね。きっとみんなに大切にされてるんだね」
アーヴィングは二人を撫でようとしたのか躊躇いがちに手を伸ばしたが、うんともすんとも言わない二人に触っていいものかどうか悩んだのだろう。困ったように笑い、手を彷徨わせた。
「みゃ」
「わふん」
イヴとハリーはお互い顔を見合わせる。まるで目で会話しているようだ。
そしてしばらくすると、アーヴィングに向かって荷物を背負った背中を向けて鳴いた。
「ん?外して欲しいの?……ちょっと待ってね」
アーヴィングは、イヴの蝶々結びと、ハリーの両肩にかかる袋の紐を丁寧に外してやる。
「随分重いものを背負ってたんだね。疲れたでしょう」
二人の荷物を受け取ったアナスタシアは、二人の……特にハリーの巾着袋に詰められた芋の重さに目を見開いた。
「あなたたち、もしかして一緒にきてくれるつもりなの?」
アナスタシアの問いに二人は元気よく鳴いた。そしてなんとアーヴィングに熱烈なスリスリを始めたのだ。
「えっ?えっ?」
「ふふっ。二人とも、あなたに撫でて欲しいって言ってるのよ」
アーヴィングが恐る恐る手を伸ばすと、イヴとハリーはアーヴィングによじ登り、膝を陣取った。
「俺……動物を触るのは初めてで。しかもこんな可愛い子たちを触れるなんて夢にも思いませんでした」
「みゃみゃみゃみゃみゃっっ……!!」
「わふわふわふわふっっ……!!」
二人は感極まったように鳴き、アーヴィングから離れなくなった。
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