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48 *アナスタシア視点に切り替わります
しおりを挟む「ルシアン、お前シアになにかしたのか!?」
兄ローレンスの問いにルシアンは気まずそうに下を向いたままなにも答えない。
「お二人揃ってシア、シアと……その呼び方もこれからは慎んでくださいませ。私はもう人の妻となるのですから。ラザフォード侯爵、いらっしゃいますか?」
突然名を呼ばれたラザフォード侯爵は、やや興奮気味にアナスタシアたちのところまでやってきた。自分の出番はまだかと待ち構えていたのだろう。
「アナスタシア殿下!この度は新たな公爵家の誕生を心よりお祝い申し上げます!いやあ、実にめでたい!」
「侯爵。本日より私は王都のグランツ公爵邸に居を移します。急なのだけれど、そこにアーヴィングを迎えたいの」
結婚どころか婚約すら交わしていない者同士が同居するなんてありえないことなのはアナスタシアだって百も承知だ。
口さがない連中が、アーヴィングを愛人や男娼のようだと噂することだって考えられる。
しかし、アーヴィングの存在に旨味を見出した者たちを遠ざけるために、また諸悪の根源であるラザフォード侯爵家の面々から彼を守るために、なりふりかまってなどいられない。
こんなにも激しい感情が自身の内に渦巻いたのは初めてだった。
どんな噂を立てられようと、誰になにを反対されようと、アーヴィングだけは守りたい。
泥でもなんでもかぶってみせる。そんなこと自分にとってはなんでもない。
「アーヴィングを迎える!?では、殿下はアーヴィングを婿養子に取るおつもりですか?」
「その通りよ。結婚し、グランツの籍に入ってもらった後は、彼に当主として立ってもらうつもりでいるわ。ラザフォード侯爵家には長男がいるのだから問題ないでしょう?」
「と、当主!?」
予想もしなかった言葉にアーヴィングは驚いて声を上げた。
だがそれも当たり前。なにしろアーヴィングにこのことを話すのは初めてだ。
平民の血が混じった公爵家当主なんて、アーヴィングが最初で最後だろう。
しかしラザフォード侯爵は顔色を変え、アナスタシアの言葉に対し二つ返事をしなかった。
これはアナスタシアも十分予想していたことだ。
ラザフォード侯爵は、アナスタシアがラザフォード侯爵家に降嫁するものと思い込んでいたのだろう。アナスタシアさえ取り込めば、ラザフォード侯爵家は安泰。もしかしたら陞爵だって有り得ると。
だがアーヴィングが公爵家に婿入りするとなれば、確かに王族との縁はできるがそれだけだ。
“縁”だけでは侯爵が望んでいるような、黙っていてもうまい話が転がり込んでくるような状況にはならない。
しかもアーヴィングが当主に立てば、父親よりも格上の存在となる。
生粋の貴族が、平民の血の混じった息子より下になるのだ。それはラザフォード侯爵のプライドが許さないだろう。
だがアナスタシアはそれだけで済ます気などさらさらない。
最終的な目的はアーヴィングとラザフォード侯爵家を完全に切り離すことなのだから。
「あら……なにか問題があるの?ラザフォード侯爵」
「い、いえその……ですがその、あまりに急なお話でして」
「アーヴィング、あなたはどう思ってる?一番大切なのはあなたの気持ちだから、遠慮なく言って。私はその通りにするわ」
王女が一臣下の意思を尊重する。
それはとても重い意味を持つ言葉だ。
アナスタシアにとってアーヴィングという存在は、自身と同じ立ち位置にいる人間だと知らしめるようなものだ。
「私は許されるなら殿下の側にいたいです。片時も離れていたくないほどに、この心の中は殿下への想いで溢れています」
「ア、アーヴィングったら……!」
さっきから調子が狂う。
アーヴィングはいったいどうしてしまったというのだ。確かに休憩室で情熱的な愛の告白を受けたが、それは二人きりだったからだと思っていた。
それなのに両家の父母の前でも観衆がいてもお構いなしにアナスタシアへの愛を叫んでいる。
これでは彼の熱にあてられて、アナスタシアが倒れてしまう。
「ラ、ラザフォード侯爵。アーヴィングもこう言っていることだし、許してくれないかしら?ねぇ、お父様。やっぱり駄目かしら?」
押して駄目なら強力な武器を使って更に押すのがアナスタシア流だ。
横でギリギリ歯噛みする兄弟などもうどうでもいい。頼んだ父よ。
「こんなにも想い合っている二人を引き離すのはつらいことだね。ラザフォード侯爵、そなたも大切な息子のためになんでもしてやりたい気持ちに駆られているのなら、遠慮はいらんぞ。それが親というものだ」
暗に、“言うことを聞け”ということなのだが、さすが父。やはりものは言いようよ。
「それに、このバカ息子たちのせいで未だ私には孫がいない。アナスタシアの子ならさぞかし賢く可愛らしいだろう。アーヴィングよ、頼んだぞ」
「ま、ま、ま…………!!」
「アーヴィングしっかりして!もう、お父様ったら気が早いわよ!」
前言撤回である。言いすぎだ父。
けれどいい気分ではあった。
なぜなら“バカ息子”と呼ばれた兄弟は涙目だし、アナスタシアたちの孫に期待しているとまで国王から言われたラザフォード侯爵は、どうにもできない状況に悔しそうな顔をしているから。
「皆様のご理解が得られてなによりですわ。ではこれよりアナスタシア・グランツ、その名に恥じぬよう誠心誠意このグランベルの発展のために尽くしましょう。もちろん、最愛の夫と共に」
観客と化していた貴族たちの方へ身体の向きを変え、深々と礼をするアナスタシアに、惜しみない拍手が贈られたのだった。
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