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 「ふふ、そんな顔しないでイアン」

 「あいつローレンスから聞いたんですか」

 「ええ、少しね。でもお兄様は物事を自分の都合のいいように曲解する癖があるから……イアンは私の将来を心配してくれたのでしょう?」

 イアンが護衛を辞めると言って兄の元から飛び出して行った日。
 王宮内にそれはそれは物凄い怒号が響き渡り、側に控えていた者たちは皆青ざめながら状況を見守っていたという。
 しかしその後アナスタシアの元を訪れたローレンスには、イアンとの騒動を気にする様子がまったくない。“いつものことだ”くらいにしか捉えていない兄に真相を問い質したところで、欲しい答えは返ってこないだろう。
 アナスタシアは、一部始終を見守っていたローレンスの侍従を呼び、事の詳細を聞いた。
 するとどうやら喧嘩のきっかけは、アナスタシアに届いた縁談を、ローレンスが勝手に握り潰したことだったようだ。
 身体に問題を抱えるアナスタシアを嫁がせるなんてもってのほか。命を縮めるような真似をさせられるかと言い張るローレンスに、それではアナスタシアの女性としての幸せはどこにあるのだと、イアンが食ってかかったのだそう。

 「私のことでごめんなさいね」

 「いえ……殿下は関係ありません。あれは俺の勝手な思いから言ったことですから」

 「なんだか、イアンの方が本当の兄のようね」

 アナスタシアにとっては、なんだかんだと自分を甘やかし危険を遠ざけようと過度に反応する兄弟よりも、アナスタシア自身の意思を尊重しようとしてくれるイアンの方が、よほど自分のことを考えてくれていると思うことがこれまでにも多々あった。
 イアンは、正しいことを正しいと兄に言える唯一の側近であると言っても過言ではない。
 だからこそ、兄の側にずっといてほしいと思う。

 「王都に戻ったら、これまで通りまた兄に仕えてくれないかしら。これは私の希望なの。あなたが側にいてくれたら、きっと兄は道をたがうことも、孤独に苛まれることもない。もちろん、決めるのはあなただけれど」

 イアンはテーブルの上の紅茶に視線を落としたまま、しばらく考え込んでいた。
 
 「……殿下はアーヴィング殿を愛しておられるのですか?」

 唐突な質問にアナスタシアは驚いた。
 今は兄の話をしていたはずだが。
 しかしイアンは落としていた視線をアナスタシアに定め、じっと答えを待っている。

 「アーヴィングに関して、あなたが信用できないような問題がなにかあったの?」

 「いえ、そういうことではありません」

 「ならどうして?私とアーヴィングが結婚することは国のためにならない?」

 「いえ、そうでは……」

 ではいったいなんだと言うのか。
 アナスタシアはイアンの言いたいことがわからず困惑した。

 

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