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しおりを挟む二人は広めの車内で向かい合って座った。
緊張してガチガチのアーヴィングとの会話は決してはずんだとは言えなかった。
それでも一日目が終わる頃にはアーヴィングもアナスタシアの目を見て会話ができるくらいには慣れたようだった。
二日目。
都市部から離れ、景色が緑豊かなものに変わるにつれ、だんだんと道が悪くなっていった。
豪奢な馬車は見た目だけでなく、内部にも色々気を配って造られてはいたが、旅慣れぬだけでなく、長時間馬車に乗ることも数年ぶりのアナスタシアにとって、道のりは決して楽なものではなかった
「あの……大丈夫ですか?」
アーヴィングは心配そうに、顔色の悪いアナスタシアを覗き込む。
正直に言えば大丈夫ではない。人生最大の危機を迎えたと言っても過言ではないだろう。だがそれは身体の中のことではなく、ある一部分。それも臀部だ。
痛いと素直に叫んでしまえたら少しは楽なのだろうか。
しかしやっと緊張が解けたアーヴィングに対し、女子の尻の話などしようものなら再び彼は固まってしまうだろう。
「だ、大丈夫よ」
アナスタシアは引きつった顔でそう答えるしかなかった。
しかし三日目。アナスタシアの臀部は遂に限界を迎えることとなる。
出発前、同行してくれているドナに頼んで敷物を用意してもらったのだが、昨日の時点でアナスタシアの臀部は既に壊滅的な打撃を受けていて、少しの緩衝材ではなんの役にも立たなかった。そして腰も痛い。
「殿下、本当にお顔の色が……!!」
きっと本気で心配してくれているのだろう。口数の少ないアーヴィングにしては珍しく、しきりにアナスタシアの具合について聞いてくる。
(こんな時に限ってそんなに勇気を出してくれなくてもいいのに……!!)
放っておいてもらいたいという気持ちと心配してくれてありがとうという気持ちがせめぎ合う。
どうする。素直にお尻が痛いと言って休ませてもらうか。しかし警備の問題などもあり、そう簡単に宿屋の変更もできない。
どうする……どうする……どうする……!!
「…………アーヴィング…………」
アナスタシアは蚊の鳴くような声でアーヴィングの名を呼んだ。
「はい、殿下!俺にできることがなにかありますか!?」
「………………………………して……」
「え!?」
小さすぎて聞こえなかったのか、アーヴィングは身を乗り出した。
世の中にこんな恥ずかしい告白があるだろうか。いや、ないだろう。
けれど背に腹はかえられない。アナスタシアは覚悟を決めた。
「…………アーヴィング、あのね……お尻が痛くてどうしようもないの……だからその……抱っこしてくれるかしら……?」
涙ながらに訴えるアナスタシアの目に映ったのは、すべての機能が停止し、固まるアーヴィングの姿だった。
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