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第二章
34 己の価値
しおりを挟む皇宮で暮らせ?
そんな大変な事をまるで臣下に仕事回して“おい、これ明日までにやっとけ”みたいな軽い感じで言わないでよ!
「殿下!まだ婚約もしてない状態で何で皇宮で暮らすのですか!?」
そんなの帝国の歴史上聞いたことがない。前代未聞の事態……いや珍事と言ってもいい。
「この前の模擬戦の後、お前の所に茶会の招待状が山ほど届いたらしいな。」
「はい……それで昨日はクロエ様にご相談をと……」
「お前が皇宮に入ってそいつらを呼べばいい。危険も減る。」
「え?」
私が皇宮に入って皆様をお招きする?
でもそれはいくら婚約者の立場だったとしても有り得ない事だ。皇宮で茶会を開き、それを仕切る権利があるのは皇籍を持つ女性だけだ。
「俺が許す。そして茶会は姉上か母上がサポートする。」
「えぇっ!?」
ど、どういう事?
いきなり過ぎて頭がついて行かない。
前世は婚約してからも侯爵邸で過ごし、皇宮へ通って少しずつ皇太子妃になる勉強をした。
それが当たり前の事なのに殿下は一体何を考えてるの?
「アマリール、そう難しく考える事はない。」
「陛下……。」
「ルーベルとの婚約が決まれば今度は茶会の誘いどころの騒ぎではなくなる。帝国中ありとあらゆる社交場から招待状が届くだろう。何ももう侯爵邸へ帰るなと言っている訳ではない。騒ぎが落ち着くまで皇宮で暮らせば安心だと言う事だ。」
「ふふ、これはルーベルが言い出した事なのよアマリール。ルーベルったらよほどあなたの事が心配なのね。」
「皇后陛下……。」
殿下が私を皇宮で暮らすよう進言を?
本当なの……?
殿下の顔を見ると相変わらず愛想もへったくれもない顔をしている。
……この先殿下と人生を共にするのならこれは殿下と……陛下達のお考えを側で学び知るいい機会だ。誰と付き合い、何を警戒すべきなのかも、きっと皆様方が幼い私に直接言う事は無いだろうが、側にいれば気付ける事もあるだろう。
(……でもまさか、お父様とこんなに早く離れる事になるなんて……)
「帰りたければいつでも帰れる。ただその度に俺との婚約の話が流れただの何だのと噂は立つだろうがな。」
「たまには帰ってもよろしいのですか……?」
「当たり前だ。だがお前が侯爵邸に帰る時は近衛騎士をつけるぞ。」
それなら何の問題もないわ。
何よ……殿下ったら優しいじゃない……。
「婚約の発表については卿ともよく相談しようと思うが、そう遠くないと思っておけ。」
「はい殿下。……でもあの……」
「何だアマリール?何か心配事か?」
「陛下……あの……」
「何だ?何でも言ってみなさい。今なら全員揃っているしな。」
私にはどうしても聞かなければいけないことがある。それも前世で出来なかった事の一つだ。
本当にいいのだろうか。でも皇帝陛下がいいと仰っているのだ。大丈夫だろう。よし。
「ルーベル殿下は私との婚約を心から望んでいらっしゃいますか?」
そう。前世で聞きたかった事……それは殿下はほんの少しでもこの婚約を望んで……そして喜んでくれていたのだろうか。
何だか色々おかしな事になってきてしまったが、殿下に少しでも躊躇う気持ちがあるのなら今はまだその時じゃないとそう思うのだ。
しかし殿下はまたしても驚愕の表情でこちらを見ている。
「突然申し訳ありません。でももしこの婚約に政治的意図しか無いのでしたら私は殿下とは婚約出来ません。だって……」
私は殿下の顔を見た。
ちゃんと自分の気持ちが伝わるように。
「……私は……自分の価値を少なからず理解しております。皆様が欲しいのは私ではなく、この身がもたらすクローネ侯爵領の富だと。」
この事実にはもう慣れてる。
何度も何度も色んな人からぶつけられてきた言葉だ。
でもなんでだろう。そんなつもりじゃないのに涙が出てくる。
「……子供の言う事だと笑って下さっても構いません。でも私は……私自身を心から望んで下さる方と添い遂げたいのです。」
馬鹿げた事を言っていると思われるだろう。
でも殿下の気持ちをきちんと聞いておきたい。“婚約するぞ”などという乱暴な言葉では納得出来ない。
けれど殿下は私を真っ直ぐ見つめたまま何も言わない。
私は情けなくも流してしまった涙を、まるで傷付けられた被害者のような顔をして拭くのは何だか違うような気がした。だから行儀は悪いのだがハンカチでゴシゴシと手早く拭い、すぐにしまった。
そして待った。
殿下が口を開いてくれるまで……。
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