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第一章

12 甘い檻

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    その日皇宮ではルーベルに呼ばれた商人達が朝から大勢出入りしていた。行き先はもちろんルーベルの宮。今噂の【殿下の想い人】の所だ。


    「いかがでございますかアマリール様?こちらは最高級のシルクでございます。」

    「アマリール様のお美しい瞳にはこの宝石がお似合いかと…。殿下の瞳のお色に合わせて金具は金がよろしいでしょう!」

    「アマリール様の美しいおみ足にはこちらの靴などいかがでしょう。今とても流行りの形なのですよ。生地にもとてもこだわっておりまして……」

    目の前に広がる煌びやかな品々にアマリールはたじろいだ。

    【商人を呼んでおいたから適当に選べ。】

    侯爵邸に身の回りの物を全て置いてきたため一日中夜着で過ごす私にルーベル殿下はそう告げて政務へと向かった。
    (選べって言っても…どうせすぐ脱がされてしまうのに……。)
    アマリールがここへ来てからというものルーベルは政務には行くがほんの少しでも時間ができると戻ってきては彼女を抱く。
    そして甘く啼く声で言わせるのだ。“ルー”と。


    「なんだ、まだかかっているのか。」

    突然現れたルーベルに商人達の顔つきが変わる。アマリールは遠慮して高価な物などを選ばないが、想い人のためなら血の皇太子は金に糸目などつけぬだろう。またとない好機に商売魂に火がついたのだ。

    「殿下、アマリール様は見た目の美しさはもちろんですがそのお心も美しく…。殿下の財を使われる事を遠慮しておられるようです。ですからもしよろしければ殿下も加わっていただけますでしょうか?ねぇ、アマリール様?」

    「あ、あの…私は…」

    「気に入ったものがなかったのか?」

    ルーベルはアマリールの隣に腰を下ろした。

    「いいえ。とても素晴らしいものばかりで気後れしてしまって…それにその…」

    「それに?」

    商人達の目の前でとても言える話ではないが大事な事だ。一度きちんと聞いておかなくてはならない。アマリールは口に手を当てルーベルの耳元で囁いた。

    「あの…こんなに素晴らしいお品でなくても…今の生活では身に付ける機会もありませんし…。それとも正装が必要な時が近々あるのですか?それなら侯爵邸に使いを出して持ってきて貰っても…」

    言い終わるなり恥ずかしげに胸の前で手を握り顔を赤くするアマリールにルーベルは笑った。
    (うそ…笑ってる……。)
    声を上げて笑うルーベルに驚いたのはアマリールだけではない。商人達も目を見開いた。
    (間違いない。殿下のクローネ侯爵令嬢へのご寵愛は本物だ。しかもかなり深く…!!)
    
    「確かに今のままではな…着る暇もないだろう。」

    ルーベルはそう言うとアマリールを膝に乗せた。

    「あ、あのっ!!殿下!?」

     “殿下”と呼んだ瞬間笑みが消え睨まれる。
    こんな人前で言わせるつもりなのか。

    「ルー…恥ずかしいです。」

    消え入りそうな声で呟くアマリールを満足そうに眺めたルーベルは商人達に品物を広げるよう言った。

    「とりあえずドレスは三十着。そのうちの十着は急いで仕立ててくれ。」

    三十着と聞き商人は激しく胸を踊らせた。しかも王族のドレスだ。この注文だけでしばらく先まで懐は潤うだろう。

    「お時間はどのくらいいただけますでしょうか?」

    「近々国民へ向けて婚約を発表する。そこから先彼女は公式行事にも出席する事になる。早いに越したことはない。」

    「わかりました!お任せください!何とか間に合わせます!」


    (…婚約発表……。)
    いずれはそうなるのだとは思っていたが、まさかこんなに早いなんて。
    ハニエル様は私の事をどう思うだろうか。
    考えたくはないが…彼は殿下に乗り換えたと私を軽蔑する事だろう。将来離宮に閉じ込められる事になったとしても、きっと会いにも来てくれない。
    そしてもし今生も前世の通りなら、私のお腹には既に殿下の子が……。  

    「アマリール?どうした?」

    ぼんやりする私を殿下は心配そうな顔で覗き込む。

    「…疲れているのか?」

    少しは悪いと思ってくれているのだろうか。彼のお陰でここのところ睡眠も細切れだ。

    「少しぼうっとしてしまいました。せっかく私のために皆さんを呼んで下さったのに…申し訳ありません。」

    「いや…奥で休んでいろ。後は俺が決めておく。」

    彼は侍女に私を連れて行くよう命じ、再び商人達と必要な物を選び始めた。


    侍女が用意してくれたハーブティーは安眠作用のあるものだった。
    (…本当に安眠させたいのなら殿下に部屋に来ないように言ってくれないかしら…。)
    ひんやりと少し冷たいシーツの上に身体を横たえ毛布を被ると徐々に眠気が襲ってくる。自分が思うよりも疲れていたのだろう。いつの間にか夢の中へと誘われていた。



   ***


  
    「あら、アルノーじゃない。また随分すごい荷物ねぇ?」

    「これはこれはローザ様!先日お届けしたお品物はいかがでしたか?」

    アルノーと呼ばれた髭面の男は部下らしき数名の者達と共に大荷物を抱えて歩いていた。アルノーは王族御用達の仕立屋を経営している。彼の店で扱う生地は超一流のものばかり。ローザも年に数回彼のところでドレスを仕立てている。

    「この前のドレスも素敵だったわ。やっぱりあなたのところの生地は最高ね。それにしても今日は何事なの?皇后陛下のところ?」

    これだけ大量の生地…しかもどれも値の張る素晴らしいものばかりだ。こんな注文が出来るのは皇后陛下くらいしかいないだろう。ローザはそう思っていた。しかしアルノーから返ってきた答えは予想とまったく違うものだった。

    「いえいえ、今日はルーベル殿下からの御注文なのです!」

    「お義兄様が?」

    おかしい。アルノーの持っている生地はどれも女性用だ。
    (……まさか……!!)

    「ええ、ええ、殿下のご寵愛の君。アマリール様のドレスでございます!それもなんと三十着も!!」

    「三十着!?」

    こんなに贅沢な生地でドレスを仕立てるのは皇女の私だって年に数回…公式の行事の際にせいぜい一、二着だ。それを三十着も!?

    「他にも宝石商のゴードンに、靴職人のレイモンドも来ておりましたよ。それはもう豪華な集まりでした。」

    美意識の高いアルノーは、先ほどまで眼前に広がっていた光輝く色とりどりの宝石や、今流行の細く美しいヒールの靴などの美しい光景をうっとりと思い出していた。目の前のローザの表情にも気付かずに…。

    「…そうなの…。色々教えてくれてありがとうアルノー。」

    ローザはそれだけ言うと足早に来た道を引き返して行った。

    (許さない……許さない許さない許さない!!)

    「ルイザ!!」

    「こちらにおります。何でございましょうかローザ様。」

    ローザは自宮に着くなり古参の侍女を呼びつけた。

    「アマリールが仕立てたドレスの色と形を調べて!急いで!!」

    「かしこまりました。」

    ルイザは何も聞かず部屋を出て行った。

    「あの泥棒猫…どこまで私の邪魔をすれば気が済むの!?お義兄様の目は私が覚ましてあげなくちゃ…!」

    ルーベルが自らアマリールのドレスや宝石類を選んでいたとはこの時のローザは何も知らずにいた。

    「恥をかかせてやるわ…大勢の前でね…!!」



   ***



    優しい手がゆっくりと頭を撫でる。
    (誰だろう…)
    目蓋はまだ重くて開いてくれない。でもすぐ側に温かいぬくもりを感じて身体を擦り寄せると頭を撫でてくれていた手は私の身体を包み込むように回された。
    (あったかいけど…もう少しだけ撫でて…お願い…)
    子供の頃に戻ったようで、甘えたかったのかもしれない。けれどまさかそれが自分の口から言葉として出ていたとは夢にも思わなかった。

    「我が儘な奴だな。政務終わりの俺に頭を撫でろとは。」

    「!?」

    頭を殴られたような衝撃が走った。重かった目蓋も瞬時に開くほどに。

    「…ルーベル殿下…!」

    そしてやはり不機嫌だ。

    「いい加減その呼び方をやめろ。やめないとずっと口を塞ぐぞ。」

    「…はい。すみません…ルー。」

    しゅんとする私に彼は言う。

    「…そんなに俺が怖いか…?」

    彼はいつものギラギラした雰囲気と違う澄んだ目で私を見ている。
    (怖い…?)
    怖いかと聞かれると…怖い。いや、怖かった。でも最近の彼は何だか少し違う。前世ともまるで別人のような態度に戸惑うばかりだ。

    「わかりません…。まだあなたの事がよくわからないから。」

    「そうか…。」

    そう言うと彼はゆっくりと私の上に身体を重ね、唇が触れそうな距離に顔を近付けた。

    「頭を撫でられるのが好きなのか?」

    彼は右手を私の頭に添える。

    「…子供の頃に戻ったようでつい…とても優しかったから…。」

    「…そうか。子供の頃に…。」

    彼はしばらく私の頭を優しく撫でていた。私と見つめ合いながらずっと。
    (何を考えているんだろう…。)
    血の皇太子。皆が恐れるこの人の心の中には一体何が隠されているのか…ほんの少しだけ知りたくなった。
    けれど彼は自分の心を隠すように瞳を閉じて私に口付ける。


    「…優しくするから、俺の名をいつものように呼んでくれ…。」    


    そして私は今夜も狂ったように彼の名を呼んだ。激しかったからじゃない。甘くて熱くて、身体が溶けてしまいそうだったから。

    

   
 
    
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