6 / 125
第一章
5 回想
しおりを挟む「父上の命でなければお前などとは結婚しなかった。俺達にとってのお前の価値はお前の領地のもたらす富だ。いいか、勘違いするな。」
結婚式の直後だった。祝賀の席で誰にも聞こえないように、けれどはっきりと言われた。私はたとえ政略結婚だったとしても彼と夫婦として生きて行きたかったのに。
クローネ侯爵領はエレンディール帝国の主要な産業が密集する地域だ。皇帝アヴァロンはクローネ侯爵領のもたらす莫大な富を重要視し、皇太子ルーベルとアマリールの婚姻を半ば無理矢理取り付けた。
「脱げよ。義務だから一度だけは抱いてやる。」
冷たい目が私を蔑む。
どうしてここまで憎まれなければならないのだろう。初めては辛く、淋しく、悲しかった。
けれどその理由も本当はよくわかっていた。
皇帝アヴァロンはルーベル一人しか男子に恵まれなかったせいもあり、気に入った女に次々と手を付けた。その中の一人が第三皇妃のシェリダンだ。シェリダンは早くに夫を亡くした貴族の娘で、美しく儚げな佇まいをアヴァロンに見初められた。
皇宮に迎えられる時に共に入宮したのが連れ子のローザだ。ローザは母親によく似ていた。美しく儚く…性根の醜いところが。
【血の皇太子】はローザを一目で気に入った。男の庇護欲を誘うその容姿と、それをうまく使いこなす立ち居振舞いにあっという間にのめり込んでいった。
ローザもまたルーベルに一目で惹かれた。若く美しい肉体。麗しい顔。そして何より彼の持つ権力はローザの醜い自尊心を存分に満たしてくれた。
「どうしてお義兄様を私から奪うの!?あなたって本当に恥知らずな女ね!!そんなに皇統の血が欲しいの!?」
彼との結婚が決まった私をローザは隠れて何度も何度も罵った。私だって望んだ事じゃない。けれどどんなに足掻いても彼との結婚が覆る事はなかった。
「アマリール…!何もしてあげられなくてごめん…。」
唯一…ハニエル様だけは私の身を案じてくれた。けれど彼もこの頃侯爵家のご令嬢との縁談がまとまったのだと誰からか聞いた。
寝台の上、自分で服を脱ぐのは屈辱だった。
夢を見ていた。いつか愛する殿方に、熱く優しくこの肌に触れて貰う日が来るのだと。
彼は私の上に乗るとろくな愛撫もせずに挿入ってきた。どんなに泣いても涙も拭って貰えない。終わるまでキス一つしてくれなかった。
そして彼は自分だけ達すると手早く衣服を身に纏った。私との行為の跡が汚いとでも言いたげに、早く落としたいのだろうか足早に部屋を出て行った。
私は汚れた寝台の上に一人取り残され、静かに泣くことしか出来なかった。まさか…まさかこのたった一度の交わりで世継ぎの命をお腹に宿したとは思いもせずに…。
「よくやったなアマリール。実にめでたい!」
結婚早々の懐妊に皇帝アヴァロンは歓喜した。
「これでこの国は安泰だ。なぁ、ルーベル?」
「えぇ父上。アマリール…元気な子を生んでくれよ。」
口元は微笑んでいるが目は笑っていない。
彼は喜んでなどいないのだ。そんなのわかりきった事だったが、それでも我が子が出来たと知ればもしかしたら…そう思っていた自分がいた。ほんの少しでも喜んで欲しかった。ただそれだけだったのに…。
謁見の間から出る時、ローザの怒り狂うような目が私に向けられていた。
心配していた悪阻に悩まされる事もなく、日々は穏やかに過ぎて行った。まだ膨らみもしないお腹だが、この皇宮で唯一の味方が…家族がここにいるのだと思うと力が湧いた。
「…ルーベル殿下から呼び出し…?」
「はい…そんなご予定は無かったはずなのですが急に…。」
侍女が申し訳なさそうに支度を促す。
呼ばれたのなら出向かなくてはならない。
もしかしたらお腹の子の様子を聞きたいのかもしれない…。
そんな事ありはしないのに、馬鹿な私はそれでも期待してしまったのだ。いつか愛して貰えるのではないかと。
「いらっしゃらない!?」
しかし殿下の執務室はもぬけの殻。
周りの者に聞いてもそんな予定はないとの一点張り。
仕方無く私は来た道を戻った。
本当に馬鹿だった。まさかこれがローザの罠だとは知らずに。
階段の曲がり角に差し掛かったその時だった。誰かが上からすごい早さで下りてくる。
(何か急ぎの用でもあるのかしら?)
文官あたりが上司のもとに急いでいるのだろう。そう思った瞬間、ドンッという音と共に身体が宙に浮いた。
(えっっ……)
一瞬、世界から音が消えたようだった。
宙に浮いた身体はその後鈍い音を立てながら転がり落ちる。咄嗟にお腹を庇ったが、あまりの衝撃の強さにひどい痛みを感じる。
(誰…?誰なの……?)
必死に顔を上げると
(あれは……!!)
そこにはローブに身を包みフードを目深に被る…男。ローザのところによく出入りしているという貴族の男だった。
(まさか…ローザ様が……?)
しかしそこで私の意識は途切れた。
目覚めると私の寝台の周りで侍女が泣いていた。医者からは流産を告げられた。
私が意識を失っている間に、お腹の子は一人逝ってしまった。
ルーベル殿下は一度も見舞いに来ることは無かった。その代わりにやってきたのがローザだ。
「残念だったわねぇ、お義姉様?」
相変わらず私を見下すようにローザは続ける。
「医師の話によると、もう子供は産めない身体みたいよ?それなのにこの宮を使われるのも…ねぇ?」
私の宮は皇后となる皇太子の正妃が使う宮だ。そこを退けと言うのか。
「では私はどこに…?」
ローザは楽しそうにウフフと笑う。
「使ってない離宮があるでしょう?身体をゆっくり休めるためにもあそこがいいだろうってお義兄様が。」
離宮……。体の良い軟禁か……。
生かさず殺さず、一生をそこで終えろと言う事なのか。
「…殿下が離縁をお望みでしたら実家に帰ります。」
お父様もこの結婚に乗り気では無かった。きっと傷付いた私を優しく受け入れてくれるだろう。
しかしローザは馬鹿にしたように嗤った。
「何言ってるのよ?離縁なんかしたらお義兄様が損するじゃない。そもそもあんたと結婚したのはあんたの家が持つお金が目当てなんだから。」
“本当に馬鹿ね”。そう言ってローザは私を罵るだけ罵って帰って行った。
その後まだ傷も癒えないというのに私は離宮へと移された。やはり殿下は一度も顔を見せてはくれなかった。
名ばかりの皇后となった私は公式の行事にも呼ばれなくなった。一人離宮で過ごす日々は淋しく虚しかった。けれど穏やかだった。
「アマリール!!やぁ、今日もとても綺麗だね。」
「…ハニエル様…。」
大きなバスケットにはち切れんばかりのお土産を詰めてやって来たハニエル様も今では二児の父だ。けれどその笑顔は幼い頃と何も変わらない。こうやって月に一度、必ず私の元を訪れてたくさんの面白いお話を聞かせてくれる。
このひとときだけが、今の私の生きるよすがだった。
ある日、いつものように私の元を訪れたハニエル様は真面目な顔をして私の手を取った。
「待っていてねアマリール。もう少しだから…。」
「…何がですか…?」
けれどハニエル様は何も答えない。
「…アマリールにはもう十分です。ハニエル様がいて下さらなければ生きることは出来なかった…感謝しています。」
私の言葉にハニエル様は切なく顔を歪め、唇を噛んだ。
そしてその少し後…私は誰にも看取られず静かに命を終えたのだ。
ハニエル様だけは守らなければ…。
彼は今生でも私にたくさんのものを与えてくれた。愛される喜びを…女としての喜びを…。
たとえこの身がどうなろうとも彼だけは絶対に死なせない。守ってみせる。
20
お気に入りに追加
2,752
あなたにおすすめの小説
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
絶倫彼は私を離さない~あぁ、私は貴方の虜で快楽に堕ちる~
一ノ瀬 彩音
恋愛
私の彼氏は絶倫で、毎日愛されていく私は、すっかり彼の虜になってしまうのですが
そんな彼が大好きなのです。
今日も可愛がられている私は、意地悪な彼氏に愛され続けていき、
次第に染め上げられてしまうのですが……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
【R18】悪役令嬢を犯して罪を償わせ性奴隷にしたが、それは冤罪でヒロインが黒幕なので犯して改心させることにした。
白濁壺
恋愛
悪役令嬢であるベラロルカの数々の悪行の罪を償わせようとロミリオは単身公爵家にむかう。警備の目を潜り抜け、寝室に入ったロミリオはベラロルカを犯すが……。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
【完結】鳥籠の妻と変態鬼畜紳士な夫
Ringo
恋愛
夫が好きで好きで好きすぎる妻。
生まれた時から傍にいた夫が妻の生きる世界の全てで、夫なしの人生など考えただけで絶望レベル。
行動の全てを報告させ把握していないと不安になり、少しでも女の気配を感じれば嫉妬に狂う。
そしてそんな妻を愛してやまない夫。
束縛されること、嫉妬されることにこれ以上にない愛情を感じる変態。
自身も嫉妬深く、妻を家に閉じ込め家族以外との接触や交流を遮断。
時に激しい妄想に駆られて俺様キャラが降臨し、妻を言葉と行為で追い込む鬼畜でもある。
そんなメンヘラ妻と変態鬼畜紳士夫が織り成す日常をご覧あれ。
୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧
※現代もの
※R18内容濃いめ(作者調べ)
※ガッツリ行為エピソード多め
※上記が苦手な方はご遠慮ください
完結まで執筆済み
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる