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しおりを挟む閉じられたカーテンの隙間から、朝の光が漏れている。
寄せては返す波の音と、全身を包む温もりが心地良い。
「ん……」
いつもの目覚めとまるで違う感覚に、シャロンは一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなった。
覚醒しきらない頭でしばらくぼんやりしていると、頭上から健やかな寝息が聞こえてきた。
「え……?」
目を開けたシャロンの視界に飛び込んできたのは、彼女を後ろからすっぽりと抱え込む逞しい腕。
瑞々しい肌にうっすらと浮かび上がる男らしい血管を見て、一気に血の気が引いた。
「な、な、ななな……!」
なんで──と叫びそうになったが、そこでふと昨夜の出来事がよみがえった。
(私、あのまま寝ちゃったのね)
ここに連れてこられてから、朝まで一度も目を覚まさずに眠れたのは初めてだ。
それに、朝まで彼がこの部屋にいたのも。
「んん……」
(起きたの?)
しかし動く気配はまったくない。
寝ぼけているのかと、恐る恐る身体を反転させてみる。すると──
「きゃっ……!」
目に飛び込んできたのは大きくはだけた胸元。
隆起する胸板を至近距離で目にしたシャロンは、驚きのあまり、思わず悲鳴を上げそうになった。
(ダメ……!)
咄嗟に口元を押さえ、セシルの顔を見る。
青灰色の瞳は閉じられていて、形の良い唇が薄く開いていた。
(起こさなくて良かった……)
まさか、ずっとシャロンを抱いて眠っていたのだろうか。
(まつ毛……長い……)
スッと伸びた長いまつ毛。
少しだけ触って見たくて、人差し指で撫でるように触れてみた。
フサフサとした感触が気持ちよくて、二度、三度と指をすべらせていると、突然目蓋が開いた。
「何をしてる」
「キャ──ッ!!」
今度は抑えられなかった。
セシルは、反射的に逃げようとしたシャロンを胸の中にしっかりと抱き込んだ。
胸元から香るセシルの肌の匂いが否応なく鼻腔を満たし、なぜだか胸が騒ぐ。
「わ、悪気はありませんでした……ただその……」
「ただ?」
「……綺麗だなって、思って……」
「何が?」
「セシル殿下の……顔が……」
「俺が?綺麗?」
セシルは気怠げに笑う。
「綺麗なのはあなたの方だろう。俺は、あなたほど美しい女性は見たことがない」
「嘘……」
反論するでもなく、セシルは優しくシャロンの頭を撫でる。
まるで子どもの頃に戻ったような、変な気分だった。
窓の外からは、波の音に混じって僅かに生活音が聞こえてくる。
そして潮風に乗って美味しそうな匂いも。
「ここでの食事は口に合っただろうか」
いきなり何の話だろう。
シャロンは続く言葉を待った。
「何か必要な物があれば言って欲しい。あなたの好きな物や趣味がわからないから」
「……特に不自由はありません」
十分過ぎる扱いを受けていたことは気付いていたし、感謝もしている。
けれど──
「けれど……息が詰まります……」
エドナに連れてこられてから、シャロンは一度もこの部屋から出ていない。
生活するのに不自由はない。
けれど自由がない。
その事実が息苦しいのだ。
しかしセシルから答えは返ってこない。
(当たり前よね)
セシルの気持ちはどうであれ、シャロンが侵略された国の王女である事には変わりないのだから。
(自由なんて、私には一生許されない)
シャロンの自由を奪った張本人に“自由をくれ”だなんて、どうかしてる。
シャロンは力の抜けたセシルの腕から抜け出し、寝台から下りた。
「そろそろ朝の支度の時間です。セシル殿下も、行かなくてよろしいので──」
「護衛をつけるなら、短時間だが外に出るのは構わない」
「え?」
「どこに行っても良いというわけではないが、中庭くらいなら」
「本当ですか」
「……ああ」
セシルは明らかに気乗りしない様子だったが、シャロンにはそんな事気にならなかった。
この部屋から出れる。
それが嬉しくて。
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そりゃシャロン混乱するよな?(;´Д`)
お互いの情報がデタラメなんやもん…
そろそろ聴く耳も持ててるよね?
流石に話し合えるよね?( ´◔ ‸◔`)
行為は落下後もありなのか!Σ(・o・;)
やっと言えたじゃないか!と褒めたい所ですが、ヘタレなのにヤる事はヤる拗らせ具合がまた…💦
そりゃヒロインびっくりだわ〜笑
海に飛び込んだ後は…新天地で生きて欲しかった。有能でもないし浅はかだし魅力が無いなぁと思っていたセシルですが、、なんだか気持ち悪い男になってきました〜💧シャロンが心配…
続きも楽しみです!