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しおりを挟むそれからというもの、セシルは頻繁にシャロンの元を訪ね、甲斐甲斐しく世話を焼いた。
食事を口に運び、終わったら薬を飲ませ、夜は眠りにつくまで側にいる。
ただただ気味が悪かった。
セシルがまるで恋人のように振る舞うからだ。
シャロンを見つめ、優しい言葉をかけ、何度も唇を寄せる。
今だって──
「……ん……っ……」
「ほら、ちゃんと口を開かないとこぼれてしまう」
セシルはそう言って、口の端に漏れた薬を舐め取る。
それなら自分で飲めるから、杯を渡してくれればいいのに。
彼は薬の時間になるとやってきて、必ずこうして口移しで飲ませる。
いったい何を考えているのだろう。
シャロンには、セシルの考えている事がまったくわからなかった。
そして薬を飲ませ終わったあとの行為も、相変わらず行われていた。
それも日々濃厚になっている。
「私とこうするのは嫌ですか」
夜の薬を飲ませ終えたセシルは、腕の中に閉じ込めたシャロンの髪を梳きながら、睦言を囁くような声音で問い掛けた。
シャロンは僅かに身を捩る。
「嫌……というかその、殿下がどうしてこのような事をされるのかがわかりません」
「それは説明した通り、私とあなたは婚約者で──」
「婚約者といっても……国同士が決めた間柄でしょう」
「経緯としてはその通りです。けれど私はずっと」
「ずっと?」
「その……ずっと……あの」
「ずっと、何でしょう」
「だからその……」
言い淀むセシルの顔は、親に叱られて言い訳をする子供のようだった。
(今でもこんな顔をするのね……)
拗ねたような表情は、幼い頃の彼を彷彿とさせる。
シャロンはセシルの思惑を探ろうと、これまで色んな質問を試みた。
婚姻前の自分がなぜエドナにいるのか。
ロートスで仕えてくれていた侍女がひとりもいないのはなぜか。
しかしどんな質問も、のらりくらりとかわされるだけ。
最終的にはいつも『今は余計な事は考えず、身体を癒やすことだけ考えて』と言われて終わるのだ。
しかしお互いいつまでも騙し合ったままという訳にはいかない。
体調の悪さも手伝って、記憶喪失は勘違いであると言い出せないまま今日まできてしまった。
しかしシャロンは、こんな日々もそろそろ終わらせなければと思っていた。
「頭痛も収まりましたし、身体の方もまだ多少は痛みますが、移動に支障はありません。なので、一度ロートスへ戻ろうと思うのですが……」
シャロンはセシルの顔を窺い見る。
ここまで言えばもうセシルも言い逃れできないだろう。
シャロンがここにいる理由をどう説明してくれるのか。
(これ以上はぐらかされるようなら、本当の事を話そう)
しかしこのあとすぐ、シャロンの決意は脆くも崩れる事になる。
「……あなたをロートスへ帰すことはできません」
「なぜですか?結婚するにしても準備というものが──」
「私があなたをロートスから連れ去ったからです。あなたを誰にも取られたくなくて、それで私は……」
悔恨の念を口にする彼の様子からは、とても嘘をついているようには見えない。
(でも、私を取られたくないってどういう……裏切った罰ではなくて?)
「シャロン王女、あなたを愛しています。初めて会った日から今日までずっと、あなたを思わない日はなかった」
あまりの衝撃に、頭の中が真っ白に染まり、言うべき言葉を失った。
愛してる?誰が誰を?
「同じ想いを返してもらえなくても、それでいいと思っていた。共に過ごすうちに必ず愛させてみせると……俺にとってあなたは世界でたった一つの大切な花だ。だから誰にも渡したくなかった」
これは、真実だ──
だって今、セシルは『俺』と言った。
嘘を付く時に使う『私』ではなく、『俺』と。
もっとも、本人は気付いていないようだが。
「シャロン王女……シャロンと呼んでも……?」
セシルの問いに、シャロンは頷く事も、返事をすることもできなかった。
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