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しおりを挟むセシルは室内にある椅子をベッドの側まで移動させ、そこに腰を下ろした。
(何で出ていかないの)
出ていかないだけではない。
セシルは無言のまま、じっとシャロンを見つめている。
また飛び降りないように、シャロンを見張っているのだろうか。
いやしかし、あれはアイリーンに脅されて仕方なく──
そうだ。
アイリーンはどうなったのだろう。
シャロンの記憶が正しければ、飛び込む直前、セシルがバルコニーにやってきた。
あの状況を正しく理解しているのなら、彼は恋人であるアイリーンをどうしたのだろう。
「あの……私はなぜここに……この怪我は?」
記憶を失ったと思われているので、当たり障りのない言葉を選んだつもりだ。
どのみちこのままでは休める気はしないし、沈黙が続くのもつらかった。
「……あなたは一週間前、事故に遭いました」
シャロンの問いに、セシルは慎重に答えを選びながら、途切れ途切れに答えていった。
彼曰く、どうやらシャロンは“転落事故”にあったそうだ。
「海が好きなあまり、あなたは手すりから身を乗り出しすぎて……強風にあおられてそれで……」
大人ひとりを転落させるくらいだ。
それはそれは凄まじい風が吹いたのだろう。
実際は緩やかな海風だったが。
「崖沿いに木の生える一角があるのですが、あなたは運良くそこに引っかかり……枝木のせいで細かな傷と打撲は避けられませんでしたが」
奇跡のような話だが、命が助かった事を喜ぶ気には到底なれなかった。
セシルがこの事を“事件”ではなく“事故”にしたいのは、やはりアイリーンのためなのだろう。
どのみちシャロンは邪魔者なのだ。
(助けてくれなくて良かったのに)
シャロンを救った枝木もいつかは重みで折れるだろう。
そのまま海へ落ちていた方が誰にとっても幸せだった。
「シャロン王女」
自分の名前なのに、改まって彼が呼ぶと、誰か別の人の名を聞いているようだった。
「色々混乱していると思います。時間をかけて、ゆっくりと思い出していきましょう」
「思い出せなかったら?」
「それでも構わない。あなたが側にいてくれれば私は……」
しかしその後に続く言葉を聞くことはできなかった。
だが想像はつく。
シャロンが生きてセシルの側にいれば、諸国への対面が保てると言いたいのだろう。
「セシル殿下、シャロン様のお薬をお持ちしました」
エイミーが、水差しと薬杯の載った銀盆を持って戻って来た。
「そこに置いてくれ。あとは俺……いや、私がやるから下がっていい」
エイミーはすぐさま心配そうにシャロンを見た。
正直出て行って欲しくはなかったが、一介の侍女が主人の命令に背く事などできるはずもない。
エイミーはベッドサイドテーブルに銀盆を置くと、一礼して部屋を出て行った。
薬杯の中身は鎮痛剤だろう。
この痛みが和らいでくれるならありがたい。
だが、シャロンが薬杯に手を伸ばすより先にセシルがそれを掴み、半分ほど中身を口に含んだ。
「それは私の……え?……っ!」
セシルは両手でシャロンの頬を包み、唇を合わせて薬を流し込んだ。
とろりとした液体が、ゆっくりと喉の奥に落ちていく。
無事飲み込んだ事を確認するとセシルは残りの薬液を口に含む。
シャロンは近づく彼の身体を制止しようと手を突っ張った。
「いや……!」
だが抵抗虚しくセシルはシャロンの手を身体で押し返し、再び口づけた。
「ん……んぅ……!」
薬液を流し込んだあと、セシルの熱い舌が腔内を這い回る。
薬液の味がする唾液が絡まり、重なる唇の僅かな隙間から漏れる淫靡な音が部屋に響いた。
二人の唾液で薬液の味が薄まると、セシルは唇を離した。
「最後まで飲んで」
セシルは、混ざり合った唾液を嚥下するシャロンを、陶酔したような表情で見つめていた。
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