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しおりを挟む噂には聞いていたが、聞くのと見るのとでは大違いだ。
巨大な宮殿は、その細部に至るまで精緻な意匠が施され、さながら芸術品のようだった。
祖国を卑下するわけではないが、これに比べたらエドナの城は粗野な砦のようなもの。
大理石の美しい列柱が立ち並ぶ回廊を歩きながら、セシルはロートスとの差を目の当たりにし、富の力のなせる業に圧倒された。
謁見の間に到着したセシルを待っていたのはロートス国王とその重臣たち。
「遠路はるばるよく来てくれた」
労いの言葉とは裏腹な、不躾な視線。
ロートス国王は、頭の天辺から足の爪先まで、値踏みするようにセシルを見たあと、ふっと小さな笑いを漏らした。
嫌な感じだった。
やはりこの国は、国王は、エドナを見下している。
子ども心にそう感じた。
これから婚約するのはこの男の娘だ。
どんな高飛車で嫌な女が出てくるのかと思ったが、しばらくして現れた王女の姿にセシルは度肝を抜かれた。
美しく儚げな容姿は、この世のものとは思えなかった。
エドナの女は皆日に焼け、性格は男勝りで逞しい。
だがこの人はなんだ。
いや、そもそも人か?
自分の知っている女とはまるで違う。
セシルの顔面は硬直し、脳内は混乱を極めた。
「セシル殿下、シャロンと申します。どうぞ仲良くしてくださいませ」
微笑む彼女は声までもが美しい。
何か返さなければならないのに、言葉が出てこない。
「あの、セシル殿下……?」
シャロンは、黙り込むセシルの顔を気遣うように覗き込む。
これがいけなかった。
そのあまりの可愛らしさに、セシルの思春期が暴発したのだ。
突如口を真一文字に引き結び、思いっきり横を向いたセシルに呆気に取られるシャロン。
その様子を見ていたロートス国王は愉快そうに笑った。
「ははは、気に入ってくれたかな?まあ、うまくやってくれ」
自分の気持ちを見透かされているようで、恥ずかしいような腹立たしいような複雑な気持ちだった。
こうしてシャロンとの初対面は、終始無言のまま終わってしまった。
帰路につく間中、セシルの頭の中はシャロンの事でいっぱいだった。
ぼうっとしては赤面し、赤面しては奇声を上げる。
御者たちはそんなセシルを生温い目で見守った。
(どうしよう)
あんなに美しい人が自分の妻になるのだ。
そう思うと、誇らしい気持ちが湧いてくる。
不自由な生活はさせたくない。
だが、いったい自分は彼女に何をしてあげられるだろう。
四歳年上の彼女はセシルよりも背が高く、聡明な印象を受けた。
セシルは自分のひょろひょろとした枝のような腕を見て落胆する。
(これでは彼女を守れない)
あんなに美しい人だ。
いつか彼女を奪おうとする者が現れるかもしれない。
その時、こんな身体では彼女を守ることなどできやしない。
エドナに戻ったセシルはすぐさま父王の元に向かい、この国で一番強い男に弟子入りすると告げた。
その日からセシルは、一日たりとも休まず鍛錬を続けた。
厳しい指導も何とも思わなかった。
それほどに恋をしていたのだ。
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