もう、追いかけない

クマ三郎@書籍発売中

文字の大きさ
上 下
65 / 71

65

しおりを挟む
 終業を知らせるチャイムが鳴った。同時に機動部隊詰め所のドアが開けられた。

「はい!お仕事はおしまい!行くわよ!飲みに!」

 そう高らかに言い放って入ってきたのは、紺色の長い髪と糸目が目印のアメリア・グラウゼ少佐その人だった。

 明らかに場違いなショッキングピンクのTシャツに、デニムのタイトスカート。しかもTシャツには『浪花節なにわぶし』と毛筆体で書いてある。誠はこういう意味不明なTシャツが売っているのは知っていたが、こういう服を日常的に着ている人が目の前にいる事実に少し衝撃を受けた。

「少佐……」

 唖然とする誠の前でアメリアは細い目をさらに細くしてほほ笑む。

「そんな階級で呼ぶなんでダメ!そうねえ、アメリアさんで行きましょう。私、誠ちゃんより年上だし。そうしましょう」

 アメリアは立て板に水でそう言うと機動部隊室の他の三人の女パイロットに目をやる。誠も振り返って三人の奇妙な女性達を眺めた。

「有志の歓迎会の前にやるんだろ?アタシは車があるから、飲めねーし、アタシの悪口言うんだろ?言いたきゃ言えば?聞きたくないから行かない」

 ランは誠がこの部屋に戻ってきてからずっと将棋盤を見つめ考え事をしていた。

「どうせオメー等が行くのは『月島屋』に決まってるよな。あそこならアタシのツケで飲める。なーに、勘定の方はアタシが払うってことにしときな。ただし、西園寺が飲んだのはテメーが払え。あれはアタシの管轄外だ」

 机に置かれた将棋盤を前にしてクバルカ・ラン中佐は手に飛車を持ちながらそう言った。誠はこんな出来た上司が実在するという事に感動すると同時にこのプリティーな生き物が一日中結果的に将棋しかしていない事実に呆れていた。

「まあ、アタシの為だけにキープしている酒だから。アタシが払うのが筋ってのは分かるよ。でも……」

 そう言いながら、かなめが端末の電源を落として立ち上がった。

「グダグダ言っても仕方ないだろう」

 手を止めたカウラはそう言って立ち上がる。

「神前は本部の前でこの変な文字がプリントされたおばさんと一緒に待ってろ。アタシ等は着替えて裏道通ってカウラの車で二人を拾いに行く」

 かなめはそう言うと誠の脇を抜けて、ドアの前に立つアメリアに近づいていく。

「ちょっと……かなめちゃん。聞き違いでなければ『おばさん』とか言わなかった。間違いよね……」

 相変わらず、見えているのかどうかよくわからない細い目でアメリアはかなめをにらみつけた。

「アタシは28歳、オメエは30歳。アタシの年でも、そこら歩いてるガキには『おばさん』と呼ばれることがある。オメエは年上だから十分おばさんじゃん」

 そして、当然『カモ』となっている誠にその火の粉は降ってくる。かなめは誠に目を向けて指さして話を続ける。

「こいつは現在23歳。つまり、オメエより7歳若いってこと!つまり、こいつはオメエを『おばさん』と言う権利があるわけだ。神前この変なのをおばさんと言え。言わなきゃ射殺する。アタシが実弾入りのマガジンポーチを持ち歩いているのはこういう時に使うんだ。おばさんと言うか、死ぬか。選べ」

 そう言ってにんまりと笑うかなめ。この人ならやりかねない。そう思いながら、たれ目のかなめの視線を外すタイミングを誠は探していた。

「神前、安心しろ。西園寺は撃たない……と思う。これまでこういったケースは日常的にあるが、今まで撃ったことが無い。まあ、初めての被害者が神前の可能性は否定できないが」

 身の回りの物でも入っているのだろう、ハンドバックを引き出しから取り出したカウラがそのまま二人の間を通って部屋を出ていった。

「さあて、神前。おばさんと言うか死ぬか。選びな」

 相変わらずかなめはそう言いながら銃の入ったホルスターを叩いている。

「わかったわよ!私はおばさん!誠ちゃんの脳みそぶちまけるのを見たくないから!私が自分で言えば丸く収まるんでしょ!」

 そう叫んだアメリアは誠のそばまで行った。

「いろいろ、誠ちゃんに聞きたいことがあるの。仕事関係じゃなくて『趣味』のこと」

 誠の手を握ってにっこりとほほ笑むアメリア。

「趣味だ?野球以外の趣味あるんだ。まあ、好きにしな。お先!」

 そう言うとかなめはドアを開けて出ていった。

「アメリアさん……」

 誠が名を呼ぶと。嬉しそうにアメリアは微笑む。

「お姉さんも色々多趣味だから。合うと良いなあなんて思ってるわけ、趣味が」

 年上の女性、しかも美人からこう言われてうれしいのは事実だが。ここの隊員は全員どこか規格外なので、どんな結末になるのやら。ただ、誠は深く考えず場当たり的に生きていくことの必要性を実感していた。
しおりを挟む
感想 265

あなたにおすすめの小説

出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。 ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。 しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。 ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。 それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。 この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。 しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。 そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。 素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。

〈完結〉「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

処理中です...